1/25/2013

Tales of Troy

Andrew Lang "Tales of Troy"
THE BOYHOOD AND PARENTS OF ULYSSES
THE BOYHOOD AND PARENTS OF ULYSSES
Long ago, in a little island called Ithaca, on the west coast of Greece, there lived a king named Laertes.  His kingdom was small and mountainous.  People used to say that Ithaca “lay like a shield upon the sea,” which sounds as if it were a flat country.  But in those times shields were very large, and rose at the middle into two peaks with a hollow between them, so that Ithaca, seen far off in the sea, with her two chief mountain peaks, and a cloven valley between them, looked exactly like a shield.  The country was so rough that men kept no horses, for, at that time, people drove, standing up in little light chariots with two horses; they never rode, and there was no cavalry in battle: men fought from chariots.  When Ulysses, the son of Laertes, King of Ithaca grew up, he never fought from a chariot, for he had none, but always on foot.

If there were no horses in Ithaca, there was plenty of cattle.  The father of Ulysses had flocks of sheep, and herds of swine, and wild goats, deer, and hares lived in the hills and in the plains.  The sea was full of fish of many sorts, which men caught with nets, and with rod and line and hook.

Thus Ithaca was a good island to live in.  The summer was long, and there was hardly any winter; only a few cold weeks, and then the swallows came back, and the plains were like a garden, all covered with wild flowers—violets, lilies, narcissus, and roses.  With the blue sky and the blue sea, the island was beautiful.  White temples stood on the shores; and the Nymphs, a sort of fairies, had their little shrines built of stone, with wild rose-bushes hanging over them.

Other islands lay within sight, crowned with mountains, stretching away, one behind the other, into the sunset.  Ulysses in the course of his life saw many rich countries, and great cities of men, but, wherever he was, his heart was always in the little isle of Ithaca, where he had learned how to row, and how to sail a boat, and how to shoot with bow and arrow, and to hunt boars and stags, and manage his hounds.

The mother of Ulysses was called Anticleia: she was the daughter of King Autolycus, who lived near Parnassus, a mountain on the mainland.  This King Autolycus was the most cunning of men.  He was a Master Thief, and could steal a man’s pillow from under his head, but he does not seem to have been thought worse of for this.  The Greeks had a God of Thieves, named Hermes, whom Autolycus worshipped, and people thought more good of his cunning tricks than harm of his dishonesty.  Perhaps these tricks of his were only practised for amusement; however that may be, Ulysses became as artful as his grandfather; he was both the bravest and the most cunning of men, but Ulysses never stole things, except once, as we shall hear, from the enemy in time of war.  He showed his cunning in stratagems of war, and in many strange escapes from giants and man-eaters.

Soon after Ulysses was born, his grandfather came to see his mother and father in Ithaca.  He was sitting at supper when the nurse of Ulysses, whose name was Eurycleia, brought in the baby, and set him on the knees of Autolycus, saying, “Find a name for your grandson, for he is a child of many prayers.”

“I am very angry with many men and women in the world,” said Autolycus, “so let the child’s name be A Man of Wrath,” which, in Greek, was Odysseus.  So the child was called Odysseus by his own people, but the name was changed into Ulysses, and we shall call him Ulysses.

We do not know much about Ulysses when he was a little boy, except that he used to run about the garden with his father, asking questions, and begging that he might have fruit trees “for his very own.”  He was a great pet, for his parents had no other son, so his father gave him thirteen pear trees, and forty fig trees, and promised him fifty rows of vines, all covered with grapes, which he could eat when he liked, without asking leave of the gardener.  So he was not tempted to steal fruit, like his grandfather.

When Autolycus gave Ulysses his name, he said that he must come to stay with him, when he was a big boy, and he would get splendid presents.  Ulysses was told about this, so, when he was a tall lad, he crossed the sea and drove in his chariot to the old man’s house on Mount Parnassus.  Everybody welcomed him, and next day his uncles and cousins and he went out to hunt a fierce wild boar, early in the morning.  Probably Ulysses took his own dog, named Argos, the best of hounds, of which we shall hear again, long afterwards, for the dog lived to be very old.  Soon the hounds came on the scent of a wild boar, and after them the men went, with spears in their hands, and Ulysses ran foremost, for he was already the swiftest runner in Greece.


 [Literature, art]

ユリシーズの少年時代と両親

はるかな昔、ギリシアの西の岸のイタケーという小さな島に、ラーエルテースという王がいた。その王国は小さく山がちであった。イタケーは「海に浮かぶ盾のよう」と言われたが、そう聞くと、あたかも平らな国のごとくに思われよう。だが、当時の盾は、極めて大きく、真ん中が二つの峰のように突きだして、その間がくぼんでいたのだ。であるから、イタケー島も、海の上から離れて望めば、二つの峰とその間に裂け目の谷があり、まさしく盾のごとくに見えたのだ。その国は起伏に富んでいたために、馬を飼ってはいなかった。なぜならば、当時は二頭立ての小さな軽い二輪戦車のうえに立って走らせていたからなのだ。誰も騎馬せず、戦にも騎兵はおらず、戦車に乗って戦っていた。イタケー王ラーエルテースの子、ユリシーズは長じても、戦車を持たぬゆえ、決して戦車では戦わず、常に徒歩だちであった。

イタケーには馬はおらぬとはいえ、家畜ならば豊かで、ユリシーズの父は羊や豚を幾群も飼っており、また丘や平地には野性の山羊や鹿、兎がいた。海には様々な魚が満ちあふれ、人々は網を使い、竿、糸、釣針を使っては漁をした。

かくもイタケーは住みよき島であった。夏は長く、冬はほとんどなくて、ほんの数週間寒いだけ。その後、燕は戻り、平地には菫、百合、水仙、薔薇といった野性の花々におおわれ、まるで庭のようであった。空も海も青く、島は美しかった。海辺には白い神殿が建ち、妖精の類であるニンフには石造りの小さな社があり、その上には野性の薔薇の茂みが垂れ下がっていた。

見えるかぎりに他の島々が、山々を戴き、次から次に重なりあって夕暮れの中に続いていた。ユリシーズは、その生涯にわたって、豊かな国や多くの人が住む都市をたくさん見てきたけれど、でもどこにいようと、その心はいつもイタケーの小さな島にあった。その島でユリシーズは、舟の漕ぎ方、帆走のし方、弓矢の射方、猪や牡鹿の狩り方、猟犬の操り方を習ったのだ。

ユリシーズの母はアンティクレイアという名で、ギリシア本土の山パルナッソスのそばに住むアウトリュコス王の娘だった。このアウトリュコス王はもっとも狡知にたけた人間だった。彼は盗みの達人で、人の頭の下から枕を盗むことができた。だが、それで悪い人だと思われていたわけではないようだ。ギリシア人にはヘルメースという名の盗人の神がいるくらいで、アウトリュコスもこの神を崇拝していた。それに人々は不正直の害より、狡知にたけた策略の巧みさのほうを重んじていたのだ。おそらく彼のこうした策略は慰みに行われただけなのだろう。とはいえ、ユリシーズも祖父と同じくらい策略に巧みになった。彼は人の中でもっとも勇敢であると同時に、もっとも狡知にたけていた。だがユリシーズは、私たちが聞くかぎりでは、戦のときに敵から一度盗みを働いた以外には、決して物を盗んだことはなかった。彼がずる賢さをみせたのは、戦の計略や、巨人や人食いどもから何度も不思議に逃げおおせた時であった。

ユリシーズが生まれるとすぐ、祖父が父母に会いにイタケーにやってきた。彼が夕食の席に着いていると、エウリュクレエイアという名の、ユリシーズの乳母が赤ん坊をつれてきて、アウトリュコスの膝にのせ、「お孫さんに名を付けられませ。このお子は多くの願い事をもった子ですから。」と言った。

「儂はは世界中の多くの男女に腹をたておるのじゃ。」とアウトリュコスは言った。「だからこの子の名を『怒りの男』にしよう。」この言葉はギリシア語ではオデュッセウスといった。それでこの子はギリシアの人々からはオデュッセウスとよばれた。だがこの名前は後にユリシーズと変化したので、私たちは彼をユリシーズと呼ぶことにしよう。

小さな少年だったころのユリシーズについては、よく父親と庭を走り回り、質問をし、「自分だけの」果樹が欲しいとねだったこと以外は、ほとんどわからない。ユリシーズの両親には他に息子がいなかったので、彼をとても溺愛していた。だから、父親は13本のナシの木と40本のイチジクの木をくれたし、びっしりと実におおわれた50株のブドウも約束してくれた。この果物をユリシーズは、庭師の許しがなくても、好きなときに食べられたのだ。それで彼は、祖父のように果物を盗もうなどとはしなかった。

アウトリュコスはユリシーズに名前を付けたとき、ユリシーズが大きな少年になったら、自分のところに来るように言っておいた。そうすればユリシーズはすばらしい贈物がもらえることになっていたのだ。ユリシーズはそう聞かされていたので、背の高い若者になると、海を渡り、戦車を駆って、パルナッソス山の老人の家へと向かった。 誰もがユリシーズを歓迎した。そして翌日、ユリシーズは叔父やいとこたちと一緒に、朝早くから獰猛な猪を狩りにいった。おそらくユリシーズは自分の犬を連れていったのだろう。この犬はアルゴスという名で、一番よい猟犬だった。とても長生きしたので、ずっと後にもう一度その名を聞くことになるだろう。すぐに猟犬は猪をかぎつけ、人々は槍を手にその後をついて行った。そしてユリシーズは先頭を走っていた。それは、ユリシーズはもうギリシアで一番早い走者になっていたからなのだ。

ユリシーズは、大枝とシダがもつれあった茂みの中、陽もささず雨も降り込まないような暗い場所に横たわる大きな猪のところにやってきた。そのとき、騒々しい人々の叫び声や犬の吠える声で、猪は目を覚まし、跳ね起きると、背中の毛をすべて逆立て、目を炎のように輝かせた。ユリシーズは、突き刺そうと槍を掲げて、誰よりも先に、突進した。だが猪は彼にはあまりにすばしこっかった。迫って来ると鋭い牙を横にふって、ユリシーズのふとももを引き裂いた。しかし猪の牙は骨まではとどかなかった。ユリシーズは鋭い槍を獣の右肩に投げ、槍はきれいに貫き、猪は大きな叫び声をあげて、倒れて死んだ。ユリシーズの叔父たちは傷口を注意深くつなぎ、そのうえに魔法の歌を歌った。ジャンヌ・ダルクがオルレアン包囲戦で肩を矢で射抜かれたとき、フランスの兵士たちも彼女に同じようなことをしようとしたのだ。すると流れ出る血は止まり、ユリシーズの傷はすぐに治った。みんなは彼が優れた戦士になると思い、すばらしい贈物をくれた。そしてユリシーズは家に戻ると、出来事の一部始終を父母と乳母のエウリュクレエイアに語って聞かせた。しかし、彼の左すねには長く白い傷跡がずっと残り、その傷跡については、ずうっと年月を経たあとで再び聞くことになるだろう。

ユリシーズの時代の人々の暮らし

ユリシーズは、青年になると、自分と同じ階級の王女と結婚したいと思った。さてその時代、ギリシアにはたくさんの王がいた。その王たちがどのように生活していたかを教えてしんぜよう。どの王にも自分の小さな王国があり、それには都があって、大きな石で築いた巨大な城壁に囲まれていた。こういう城壁の多くがまだ残っているが、ほとんどの廃虚が生い茂る草に覆われている。後の時代には、そういう城壁は巨人が建てたにちがいないと信じられていた。それほど石は大きかったのだ。どの王も貴族を配下に抱え、富裕で、みな宮殿をもっていた。どの宮殿にも中庭があり、屋根を支える4本の彫刻をほどこした柱の間には、長い広間があり、その真ん中で火が燃えていた。王と王妃は火のかたわらの高い玉座に座っていた。玉座は杉材と象牙でつくられ、黄金の象眼がほどこされていた。その他に客用のたくさんの椅子と小さな卓があり、風と扉は青銅の板や金、銀、青ガラスの板で覆われていた。壁と扉には牡牛狩の絵が描かれる事もあったが、このような絵は、わずかではあるが、まだ見ることができる。夜には松明に火をともし、黄金の少年像の手に持たせた。だが火や松明の煙は屋根の穴から逃すようになっており、天井は煙で真っ黒になった。壁には剣と槍、兜と盾が掛けてあったが、ときには煙の汚れを落してやる必要があった。吟遊詩人が王と王妃の傍らにはべり、夕食の後でハープをかきならして、古えの戦の物語を歌った。夜になると、王と王妃はそれぞれの場所で、女たちは自分たちの部屋で眠った。王女は二階に部屋があり、若い王子には中庭にそれぞれべつべつに建てた部屋があった。

磨きあげた浴槽がある浴室があり、客人が旅から汚れて到着すると、そこで入浴した。客人は夜になるとポーチコ[訳注:柱で支えられた屋根つき玄関]のベッドで寝た。気候は暖かだったのでそれでよかったのだ。たくさんの召使がいたが、普通は戦争で捕らわれた奴隷であった。だがとても親切に扱われ、主人とは親しい間柄であった。鋳造貨幣は使われておらず、物を買うには、牛か重さを計った黄金のかけらで支払った。富裕な者らは金杯であるとか金の柄の剣、腕輪、ブローチをたくさん持っていた。王は戦時には指導者、平和なときは裁判官であった。それに王は牛、豚、羊を殺して、神への犠として捧げ、その後食事に供した。

彼らは簡単に、ほとんど足までとどく長い麻や絹の上っ張りを着ていたが、腰帯にたくしこんで、長くすることも短くすることもできた。喉元で留める必要があれば、金のブローチを使った。そのブローチは美しく仕上げられ、安全ピンがついていた。この服装はスコットランド高地人がベルトとブローチをつけてよく着ているプレード[訳注:格子縞の肩掛け]にとてもよく似ていた。天気が寒ければ、ギリシア人はその上から羊毛製の大きな外套を着たが、戦の時にはこういうものは使わなかった。戦の時は、上っ張りの上から胸当てを着け、体の下の方を覆う別の武具と「グリーブ」とよばれるすね当てを着けた。喉から踝まで全身を護る大盾はといえば、幅広の帯で首から吊して運んだ。剣は盾を吊った帯とたすきに掛けたもう一本の帯に吊した。平和な時は軽い靴をはいていたが、戦の時や国中を歩き回る時には、もっとたけが高くて重い長靴をはいた。

上っ張りを着るのに、女は男よりたくさんブローチや宝石を使ったし、頭はヴェールで覆うか、すっぽりと外套を被り、黄金と琥珀のネックレスやイヤリング、黄金や青銅の腕輪をしていた。着物の色はさまざまであったが、白や紫が主であった。喪に服しているときは、黒ではなく、とても暗い青い服を着た。どの武具も、剣の刃も槍の穂先も、鋼や鉄ではなく胴と錫の合金である青銅でつくられた。盾は何枚か重ねた皮でつくられ、その上には青銅の板がつけられた。斧や犁先といった道具は鉄または青銅製で、ナイフや短剣の刃もそうだった。

私たちには家や生活様式はとてもすばらしく見えるが、また他のことではかなり粗野な点もあった。宮殿の床は、少なくともユリシーズの家では、食糧として殺された雄牛の骨や脚が散らかっていた。けれどこれはユリシーズが長い間留守にしていたときの出来事。ユリシーズの家の広間の床は厚板を張ってはいなかったし、石を敷き詰めてもおらず、粘土でできていた。というのもユリシーズは小さな島の貧しい王であったのだからだ。料理は粗末で、豚や羊を殺しては焼き、すぐに食べていた。肉を煮たということは聞いたことはないし、また魚を食べていたに違いないが、肉が手に入らなかったとき以外に、魚を食べたということも聞いたことが無い。それでも魚を好んだ人がいたのは間違いない。なぜというに、この時代の貴石に描いたり刻んだりした絵には、半裸の漁夫が大きな魚をもって家に戻るところがあるのだから。

人々は黄金や青銅のすばらしい細工師であった。墓の中からは何百もの黄金の宝飾品がみつかっている。だが、これらはたぶんユリシーズの時代より二、三世紀前に作られ埋葬されたものだ。短剣の刃には、獅子との戦いや花が、さまざまな色合いの金や銀の象眼で描かれていた。これほど美しいものは今では作られていない。金杯には牡牛狩をする人の姿が描かれているが、それはすばらしく生き生きとしている。土器の花瓶や壺にはすてきな模様が描かれている。一言で言えば、それは生きるのにすばらしい世界であった。

人々は主神ゼウスの下、たくさんの男女の神々を信じていた。神々は人間より大きく、不死であるが、ほとんど人間と同じように生活し、荘厳な宮殿で飲んだり、食べたり、眠ったりすると考えていた。神々は善人には褒美を与え、誓いを破ったり、異邦人に不親切にした人々を罰すると考えられてはいたが、神々が気まぐれで、残酷で、利己的で、人に悪いお手本を示したという物語もたくさんあった。こうした物語がどれほど信じられていたのかは定かでないが、「誰でも神々の求めるものを感じとり」、神々は善行を喜び、悪事では不快になると考えていたことは確かである。けれども、人は自分の行いが悪かったと思ったときに、神々のせいにして、神々が自分を惑わせたのだいうことも度々だった。まあ、それは実際のところ「避けようがなかった」といっているにすぎないのだが。

王子が牛や黄金、青銅、鉄で、王女の父親から花嫁を買うという奇妙な習慣があったが、ときには何か非常に勇敢な行いの褒美に花嫁を得るということもあった。たとえ一番高い代価が差し出されようと、愛してもいない求婚者に娘をやるということはなかった。少なくとも、それが普通のきまりであったようだ。なぜかといえば、夫と妻はお互いも、また自分たちの子供もとても愛しており、また夫は妻が家を切盛りし、何事につけ助言をするのを許していたのだから。夫以外の男を夫以上に愛するということは、女にとって非常によこしまなことだと考えられており、そういう妻はほとんどいなかった。だが、そういうふしだらな妻のなかに、絶世の美女がいたのだ。

美しき手のヘレネーへの求婚

ユリシーズが青年で、結婚しようと考えていたころ、人々の暮らしぶりはこのようなものであった。人生最悪の事態は、身分が高く美しい王女が捕虜となって、父や夫を殺した男の町に奴隷として連れ去られることだった。さて、当時この世でもっとも美しい女は、テュンダレオース王の娘、ヘレネーだった。若い王侯たちは誰もがヘレネーのことを聞きつけ、結婚したいと望んだ。そこでその父親は、王侯たちを皆自分の宮殿へと招き、もてなして、なにをくれるのか聞き出した。他の王侯にたちまじって、ユリシーズも行った。だが、その父の王国は、そのあたりの他の王に比べ、小さく、起伏のおおい島であり、ユリシーズに勝ち目はなかった。ユリシーズは背は高くなかった。非常に屈強で活動的ではあったが、肩幅の広い背の低い男だった。しかし顔立ちはよく、他の王侯と同じように、黄色い髪をヒヤシンスの花ような房にしていた。その態度はとてもためらいがちで、最初はとつとつと喋っていたが、後には自由に話をするようなった。人のやることならなんでも上手で、耕すことも、家を建てることも、船を作ることもできた。それに、一人を除けば、ギリシア一の弓の名手で、今はもう亡くなったエウリュトスという王の大弓を曲げることができた。この弓には他の誰も弦を掛けることができなかったのだ。しかし彼には馬がなく、また大行列をなす家来衆もいなかった。それで、簡単にいえば、ヘレネーもその父親も、多くの背が高く、男っぷりのよい、黄金の飾をきらめかせた若い王侯の中から、夫としてユリシーズを選ぼうなどとは思ってもいなかった。そうはいっても、ヘレネーはユリシーズにはとても親切で、二人は厚い友情で結ばれていた。そのことが、最後にはヘレネーにとっては幸運となるのだが。

テュンダレオースはまずすべての王侯に、夫として選ばれた王の味方となり、諍いがあればいつも、その側に立って戦うという誓いを立てさせた。それから、ヘレネーの夫に、ラケダイモーンの王、メネラーオスを名指したのだ。メネラーオスは勇敢な男ではあったが、強者たちの一人ではなかった。もっとも背が高く、力が強い巨人のアイアースやユリシーズの友人のディオメーデース、あるいは自分の兄で、ミュケーナイの富める都の王、アガメムノーンのような戦士ではなかったのだ。このアガメムノーンがすべての王侯たちの長であり、戦のときには全軍を率いる将軍であった。その都を守っていた思われる石彫りの大きな獅子像は、アガメムノーンが戦車で駆け抜けた門の上に、今なお建っている。

最高の戦士アキレウスは、ヘレネーの求婚者の中にはいなかった。なんとなれば、彼はまだ子供だったし、母親の海の女神、銀の足のテティスが、遥か彼方の島でスキューロスのリュコメーデース王の娘たちと一緒に女の子として育てようと送り出してしまったのだ。テティスがこのようなことをしたわけは、アキレウスはたった一人の子供であったし、もし戦争に行けば、すばらしい栄誉を勝ち得るであろうが、若くして死に、二度と母親に会えないだろうという予言があったからなのだ。もし戦が始まっても、遥か彼方で少女たちに混じって、少女の服に隠れておれば、アキレウスは見つかるまいと考えたのだ。

こうして長いあいだことがらを熟慮した末ついに、テュンダレオースは美しきヘレネーをラケダイモーンの富裕な王メネラーオスに与えることにした。そしてヘレネーの双子の姉妹で、これまた美しきクリュタイムネーストラーを、王侯たちの長たるアガメムノーン王に与えた。皆、最初はともに幸せに暮らしたが、それは長くは続かなかったのだ。

そうこうするうち、テュンダレオース王は兄弟のイーカリオスと話をした。イーカリオスにはペーネロペーという名の娘がいた。ペーネロペーはとても愛らしい娘ではあったが、いとこの美しきヘレネーの美しさにはほど遠かった。それに知ってのとおり、ペーネロペーはこのいとこをあまり好いてはいなかった。イーカリオスはユリシーズが強く賢いことに感心し、娘のペーネロペーを妻に与えた。そしてユリシーズはペーネロペーを深く愛した。お互いかくも心から愛し合った夫婦はほかになかった。二人は連れだって岩だらけのイタケーへと去って行ったが、おそらくペーネロペーは自分の家とヘレネーの家の間に広々とした海が横たわっていることを悲しんだりはしなかっただろう。なぜならば、ヘレネーは絶世の美女というだけでなく、やさしく優美で魅力的であったので、彼女に会って恋に落ちない男はいなかったのだから。ヘレネーがほんの子供の頃、ギリシアの物語では有名な、名高いテーセウス王子が、成長したら結婚するつもりで、彼女を自分の都アテーナイへと連れ去ったことがあった。その時ですら、彼女が原因で戦が起こった。というのは、ヘレネーの兄たちが軍勢を率いてテーセウスを追いかけて戦い、そうして家に連れ戻したのだから。

ヘレネーは妖精の贈物を持っていた。たとえば「星」とよばれる大きな赤い宝石があった。ヘレネーがその宝石をつけていると、赤い雫がしたたり落ちるようにみえたが、その白い胸、「白鳥の娘」とよばれるほどに白いその胸に、ふれて染みをつくる前に消えさってしまうのだった。ヘレネーは男でも女でも相手の声とまったく同じ声で話すことができたので、エコーともよばれた。また、年老いて死ぬなどということはなくて、最後にはエリュシオンの野、つまりこの世の果てへと去って行くと信じられていた。そこは人がもっとも住みよい場所で、雪も降らず大嵐も来ず雨も降らないが、大地を輪のように囲んでいるオーケアノスの河が西風を送り、美しい髪のラダマンテュス王の民に涼しく吹いてくるのだ。ヘレネーについてはこうした物語が語られている。ユリシーズは彼女と結婚する運がなかったことを残念とも思わなかった。それほどにヘレネーのいとこで妻であるペーネロペーを好いていた。ペーネロペーはとても賢くすばらしかったのだ。

ユリシーズは妻を連れ帰ると、習慣にしたがって、父ラーエルテース王の宮殿に住んだ。だがユリシーズは自分たちの部屋を手ずから作ったのだ。宮殿の中庭には大きなオリーブの木が生えていて、その幹は広間の彫刻のある高い柱と同じほどに太かった。この木のまわりに部屋を作り、目の詰んだ石で仕上げ、そのうえに屋根をふき、きちんと閉まる扉をつけた。それからオリーブの木の枝をすべて切り落とし、幹をすべらかにすると、寝台の支柱のかたちに仕上げ、寝台の枠を金、銀、象牙で象眼して美しく飾った。ギリシアにはこのような寝台は他にはなかったし、この寝台をそこから動かすことなど誰にもできないのだった。この寝台の話しはもう一度この物語の一番最後に出てくるだろう。

さて時はうつり、ユリシーズとペーネロペーはテーレマコスという一人息子を設けた。父ユリシーズの乳母であったエウリュクレイアがその子の世話をした。皆とても幸福で、ユリシーズは自分の土地や羊や豚の群の世話をし、一番速い猟犬のアルゴスを連れて狩に行ったりしていたのだ。

ヘレネーの略取

この幸せな時は長くは続かなかった。テーレマコスがまだ赤ん坊だったとき、前代未聞の大きな、ものすごい、驚くような戦争が起こったんだ。ギリシアの東の海の彼方に、金持ちの王プリアモスが住まっていた。その町はトロイアとかイリオスと呼ばれ、ヨーロッパとアジアの間のヘレスポント海峡の海岸近くの丘に建っていた。それは堅固な城壁に囲まれた大きな都で、その廃虚は今でも建っている。王は海峡を通る商人たちから通行税を取り立て、トロイアの対岸のヨーロッパの地方であるトラキアと同盟していた。そしてアガメムノーンがギリシアの頭の王だったように、プリアモスは海のトロイア側のすべての諸侯の頭だった。プリアモスはたくさんの美しい品々を持っていた。金の葉と房をつけた金の葡萄を持っていたし、一番速い馬や、たくさんの強く勇敢な息子を持っていた。もっとも強く勇敢な息子はヘクトールという名で、一番若くもっとも美しい息子はパリスという名だった。

プリアモスの妻が燃えさかるたいまつを産むという予言があった。それで、パリスが生まれると、プリアモスは召使に赤ん坊をイーデー山の人の手が入らない森に運ばせ、死ぬか狼や山猫に食われるように置き去りにしたんだ。召使は子供を置き去りにしたが、羊飼いがそれを見つけ、自分の息子として育てた。少年は、少女ではヘレネーが美しいのと同じほど、美しい少年になり、走るのも猟をするのも弓を射るのも、国中で一番になった。彼は、イダの森の洞窟にすむニンフ--つまり一種の妖精--の美しいオイノーネに愛された。ギリシア人やトロイア人は、この時代、こういう妖精のようなニンフがすべての美しい森の中や山や泉に出没し、人魚のように、海の波の下に水晶の宮殿をもっているって信じてたんだよ。この妖精たちはいたずら者ではなく、やさしくて親切だった。ときには死すべき人間と結婚することもあって、オイノーネはパリスの花嫁になったんだ。そして彼が生涯ずっと自分のもとにいてくれるよう望んでいたんだ。

オイノーネには、どんなにひどく傷ついていても、傷ついた人間を癒す魔法の力があると信じられていた。パリスとオイノーネは森の中で一緒にとても幸せに暮らしていた。だが、ある日、プリアモスの召使がパリスの牛の群にいた美しい牛を追い払ってしまったので、パリスはその牛を探しに丘を離れ、トロイアの町へやってきた。母親のヘカベは彼に会い、近くに寄ってよく見ると、生まれてすぐに連れ去られたとき、赤ん坊の首に結わえた指輪を、彼がしているのに気がついた。それから、ヘカベは彼がとても美しいのを見、自分の息子だと気づいて、嬉しさに泣いた。そして誰もみな、彼が燃えさかるたいまつとなるだろうという予言を忘れ、プリアモスはパリスにその兄弟のトロイアの王子と同じような家を与えた。

美しいヘレネーの名声はトロイアにも届き、パリスは不幸なオイノーネのことをきれいに忘れて、ぜひとも自らヘレネーに会いに行くと言い張った。たぶん彼はヘレネーが結婚するまえに、自分の妻に勝ち取りたいと思ったんだろう。でもこの時代には航海法はよく理解されておらず、また海は広く、航路をはずれてエジプトやアフリカへ、さらに遠く見も知らぬ海へと何年もさまようことがよく起こったことなんだ。そういうところでは、妖精が魔法のかかった島に住んでいたり、人食いが丘の洞窟に住んでいたりしたんだ。

パリスはヘレネーと結婚する幸運をつかむには、あまりに遅すぎた。でも、彼はヘレネーに会おうと決めており、タイゲトス山のふもと、清く流れの速いエウロタス川のほとりのヘレネーの宮殿へと向かって行った。車輪と馬の足音を聞きつけ、召使たちが広間からでてきた。何人かは馬を厩につれて行き、戦車を門口に傾けた。その間に他の者たちはパリスを広間に通した。そこは金と銀で太陽のように輝いていた。それからパリスと同行者は浴室に通され、そこで湯浴した。そして新しい着物、白い外套、紫のローブを着込み、次にメネラーオス王の前に連れて行かれた。王は彼らを親切にもてなし、彼らの前には肉が置かれ、金の杯の葡萄酒が注がれた。語らううちに、ヘレネーが芳わしい部屋から女神のように出てきた。その後には小間使いがつき従い、彼女のためにすみれ色の羊毛のついた象牙の糸巻棒を運んだ。ヘレネーは座ってそれを紡ぎ、パリスが遠くの国々でも美しさで有名なヘレネーに会いに、どんなに遠くから旅してきたか語るのを聞いていた。

それから、ヘレネーが座って紡いでいるとき、パリスは彼女ほど愛らしく優美な女性にはこれまで一度も会ったことがなく、二度と会うこともないことを悟った。その間、星という名のルビーから赤い雫が落ちては消えた。またヘレネーも、世界中の諸侯という諸侯のなかに、パリスほど美しい諸侯はいないことに気づいた。さて、ある話では、パリスは魔法の技でメネラーオスの姿になり、ヘレネーに一緒に船出しようと言い、それが自分の夫だと思っているヘレネーは彼について行き、パリスはヘレネーを、その主人と美しく小さな一人娘、子供のヘルミオーネから引き離してトロイアへ広い海を越えて運んだということだ。また別の話では、神々がヘレネー自身をエジプトへ連れ去り、神々は花と夕焼け雲からヘレネーそっくりの幻をつくり、パリスはこの幻をトロイアに連れって行ったのであり、神々がこんなことをしたのはギリシアとトロイアの間に戦争を引き起こすためだったというんだ。もう一つ別の話では、メネラーオスが狩りにいっているとき、ヘレネーと小間使いと宝石を力ずくで奪ったということだ。はっきりしているのは、パリスとヘレネーが一緒に海を渡り、メネラーオスと小さなヘルミオーネがエウロタス川のほとりのもの悲しい宮殿に取り残されたということだけだ。ぼくらが確かに知っているところでは、ペネローペは美しいいとこの言い訳はしなかったが、ヘレネーが自分の悲しみや何千もの男たちが戦争で死ぬ原因となったということで、彼女を憎んだ。なぜかって、ギリシア中の諸侯はみんな、誰であれメネラーオスを傷つけその妻を盗んだ者に対してメネラーオスに味方して戦うという誓いに縛られていたからね。でもヘレネーはトロイアではとても不幸だった。ヘレネーは、他の女が皆、とりわけパリスの恋人だったオイノーネが責めたと同じくらい激しく、我が身を責めた。男たちはヘレネーにとってもやさしく、自分たちの中からヘレネーの美しい姿が見えなくなるくらいなら、戦って死のうと決めていたんだ。

メネラーオスとギリシア中の諸侯が面目を潰されたという知らせは、森に火が燃えひろがるように、国中に広まった。東へ西へ南へ北へ、丘の上や川のほとりや海の断崖の上の城に住む王たちのもとに、知らせは届いた。噂はピュロスの白髭の古老ネストルのもとにも届いた。ネストルは2世代にわたって人々を支配し、高地の野蛮人と戦い、戦いの日の前に歌われる力持ちのヘラクレスや黒い弓のエウリュトスを憶えていた。

噂は、富んでいたので「黄金のミュケナイ」と呼ばれた強大な町の黒髭のアガメムノーンにも、野性の鳩が生息するティスベの民にも、アポロの聖なる神殿があり予言するみこのいる岩だらけのピュトにもとどいた。サラミスの小さな島の、一番背が高く一番強い男アイアスにも、今も建っている巨大な石作りの黒い城壁のアルゴスとティリュンスを治める大きなときの声でもっとも勇敢な戦士ディオメデスにも届いた。招集は西の島々にも、イタカのユリシーズにもかかり、はるか南の何百という都市のある大きなクレタの島にさえかかった。この島はクノッソスのイドメネオスが支配していたが、その廃虚となった宮殿は、王の玉座や壁にかかれた絵、金と銀でできた王自身のチェッカー盤、王室の宝の目録を書いた何百もの粘土板とともに、今でも見ることができるんだ。はるか北の方、ペラスギ人のアルゴスとペレウス王の民ミュルミドンが住むヘラスにも、知らせが届いた。でもペレウスは年をとっていて戦えなかったし、その子のアキレスは遠く離れたスキュロス島に住んでいて、リュコメデス王の娘に混じって少女の恰好をしていた。その他の多くの町や何百という島々にも戦争を準備させるつらい知らせが届いた。なぜかって、名誉と誓いのために、槍兵や弓兵、投石兵を野や漁から呼び集め、船を仕立てて、アウリスの港にいるアガメムノーン王のもとに集まり、広い海を渡ってトロイアを包囲しなければならないことが、どの諸侯にもわかっていたからね。

さて、物語によると、ユリシーズはその島と妻のペネローペと小さなテレマコスから離れるのがとっても嫌だった。またペネローペだってユリシーズが危険にさらされ、美しい手のヘレネーを見るのを望んではいなかった。そこで二人の王子がユリシーズを呼出しに来たとき、ユリシーズは気違いのふりをして、海岸の砂を牡牛で耕し、砂に塩を種蒔きしたんだ。それで、諸侯のパラメデスが赤ん坊のテレマコスを乳母のエウリュクレイアの手から取り上げ、鋤の刃があたって赤ん坊を殺すように、あぜ溝のすじの上に置いた。でもユリシーズは鋤をわきにそらせたので、彼らはユリシーズは気違いでなくて正気だと叫んだ。それで、ユリシーズは誓いを守り、アウリスの艦隊に加わって、荒れ狂う南のマレイア岬をまわって、長い航海に船出しなければならなくなったんだ。

この物語が本当だろうとなかろうと、ユリシーズはへさきとともに赤く塗った長い衝角をつけた12隻の黒い船を率いていった。船には櫓があり、戦士が櫓についていて、風がないときは櫓を漕いだんだ。船のそれぞれの後部には一段高くなった小さな甲板があり、海上での戦闘のときには、この甲板の上に男たちが立って剣と槍で戦った。どの船にも一本だけ帆柱があり、広いラグスル[訳中:上端より下端が長い四角な縦帆]がついていた。碇には綱をつけた重い石があるだけだった。大抵夜は陸着けし、できるなら、たくさんある島のうちの一つの岸で眠った。だって陸地がみえないところを航海するのはとても恐かったんだ。

艦隊は千隻以上の船でつくられ、一隻には50人の戦士が乗っていたから、5万人以上の軍隊だったんだ。アガメムノーンは100隻、ディオメデスは80隻、ネストルは90隻、イドメネオスのいるクレタ人は80隻、メネラーオスは60隻の船をもっていたが、小さな島に住んでいたアイアスとユリシーズはそれぞれ12隻しか船をもっていなかった。でもアイアスはとても勇敢で力が強かったし、ユリシーズはとても勇敢で賢かったので、メネラーオス、ディオメデス、イドメネオス、ネストル、アテネのメネステウス他2、3人と同じく、アガメムノーンの将軍で相談役という扱いだったんだ。こういう将軍は会議に呼ばれ、最高指令官のアガメムノーンに助言をした。アガメムノーンは勇敢な戦士だったけど、心配性で兵士の命を失うのを恐れてたので、ユリシーズとディオメデスはよく彼に容赦のない話をしなければならなかった。アガメムノーンはまた横柄で欲張りだった。でも誰かが刃向かうと、気分を害した将軍が従軍を止めて兵を引き払うのが恐くて、すぐ謝ってしまうんだけど。

ネストルは戦いでとても役に立つというには年をとりすぎてたけど、まだまだ勇敢だったのでとても尊敬されていた。諸侯たちがアガメムノーンと喧嘩すると、たいていネストルが仲裁しようとした。彼は自分の若いころの偉大な行ないを長々と語って聞かせるのが好きだったし、将軍たちに昔風のやりかたで戦って欲しいのだった。

例えば、ネストルの時代にはギリシア人は氏族ごとの隊で戦ったし、諸侯たるものは戦車から降りずに、戦車隊で戦ったものだが、今では戦車をもっているものも徒歩で一人づつを相手に戦い、その一方で、退却しなくちゃならなくなると戦車で逃げるよう、従者が彼のそばに戦車を用意しているんだ。ネストルは敵の歩兵の軍勢に戦車で立ち向かう古き良きやり方に戻って欲しいのだった。手短に言えば、ネストルは昔風の兵士のみごとな実例だったんだ。

アイアスはとても背が高く、力が強く、勇敢ではあったが、かなり間抜けだった。ほとんどしゃべらず、いつも戦いの用意をしており、退却も殿軍だった。メネラーオスは体が弱かったが、一番といってよいほど勇敢で、いやそれ以上に勇敢だった。なぜかって、名誉の感覚が鋭かったからね。で、やるだけの力がないことに挑んでいたんだ。ディオメデスとユリシーズは大の仲良しで、できるときにはいつも隣り合って戦ったし、もっとも危険な冒険ではお互いに助け合っていた。

こういうのが、アリウスの港からギリシアの大艦隊を率いていった将軍たちだったんだ。ヘレネーが逃げさった後、大艦隊が集結するまでに長い時間がたったし、海を渡ってトロイアに行こうとするまでにさらに時間がかかった。嵐で船は散り散りになり、修理のためにアリウスに戻ってきたが、もう一度出発するとき、敵対的な島の住民と戦闘となり、その町を包囲したんだ。なによりも彼らが望んだのは、アキレスが一緒に来てくれることだった。なぜって、アキレスは50隻の船と2500人の指揮者だったし、武器作りと鍛冶の神ヘパエストスが、人の言うところでは、その父のために、作った魔法の武器をもっていたからなんだ。

ついに艦隊はスキュロスの島にやってきた。そこにアキレスがかくまわれているって感づいたんだ。リュコメデス王は将軍たちを丁重に迎え、彼らは王の娘たちがみんな舞踏場で踊り遊ぶのを見たが、アキレスはまだとても若くきゃしゃで、またとても美しかったので、その中にアキレスがいるのはわからなかった。アキレスがいなければトロイアは得られないという予言があったが、まだ彼は見つからなかったんだ。それでユリシーズは計略をたてた。ユリシーズは眉と髭を黒くし、フェニキア商人の衣装を着た。フェニキア人はユダヤ人のそばに住む人々で、同じ人種で同じ言語を話していたが、そのころはパレスチナの農民で土地を耕し、羊や豚を飼っていたユダヤ人とは違って、偉大な商人で航海者で奴隷盗っ人だった。彼らは美しい布や刺繍品、金の宝飾品やこはくの首飾りといった積荷を運び、ギリシアや島々の海岸あたりのいたるところで、こうした品々を売っていたんだ。

ユリシーズはそれからフェニキア商人の恰好をして、背中に荷物を背負い、手には杖を持つだけ、長い髪は巻き上げて赤い船乗り帽に隠した。この姿でユリシーズは前かがみで荷物を背負って、リュコメデス王の中庭に入って来た。娘たちは商人がやって来たのを聞きつけて、みんな走り出た。アキレスも他の子と一緒に商人が荷物を下ろすのを見ていた。どの子も一番好きなものを選んだ。一人は金の花輪を、もう一人は金とこはくの首飾りを、別の一人はイヤリングを、4番目の子はひと揃いのブローチを、別の子は刺繍をした紅の布の服を、もう一人はヴェールを、もう一人はひと組みの腕輪を選んだ。けれども荷物の底には、束に金の釘を打った青銅の大剣が入っていた。アキレスは剣をとり、「これがぼくのだ。」と言って、金箔を被せた鞘から剣を抜くと、頭のまわりで風を切って振り回した。

「おまえがペレウスの息子、アキレスだ!」とユリシーズは言った。「おまえはアカイア人の最高の戦士になるべきなのだ。」そういったのは、そのころギリシア人は自分たちをアカイア人と呼んでたからなんだ。アキレスはこの言葉を聞いてとても喜んだだけだった。なぜかって、彼は乙女たちと一緒にいるのに飽々していたからなんだ。ユリシーズはアキレスを将軍たちが葡萄酒を飲みながら座っている広間に導いた。アキレスは少女のように紅潮していた。

「ここにアマゾン族の女王がいるぞ。」とユリシーズが言った。--アマゾン族は好戦的な乙女たちの種族なんだ--「いやそうじゃなくて、ここにいるのは剣を手にしたペレウスの息子、アキレスだ。」こうしてみんなアキレスの手をとり、歓迎した。アキレスは男の服を着て、脇に剣を帯びた。そしてみんなはアキレスを10隻の船で故郷に送り届けた。そこではアキレスの母、海の女神の銀の足のテティスが息子を嘆いて言った。「我が子よ、おまえは私と一緒にここで長く幸せで平和な生活を送るか、つかの間の戦争に生き、不滅の名声を得るか選ばなければならない。戦争を選べば、アルゴスでは二度とおまえに会えなくなるんだよ。」でもアキレスは若くして死ぬが世界があるかぎり続く名声を得る方を選んだんだ。そこで父親はアキレスに50隻の船を与え、年上で友人のパトロクロスと助言をする老人のフォエニクスを供につけた。母親は彼に、神がその父のために作った壮麗な武具とアキレス以外だれも振り回せない重いとねりこの槍を与えた。そしてアキレスはアカイア人の軍勢に加わって船出した。アカイア人はみな、自分たちのためにこのような王子を見つけてくれたことで、ユリシーズを称賛し感謝したんだ。なぜって、アキレスはその中でもっとも獰猛な戦士で、もっとも俊足で、もっとも礼儀正しい王子で、女や子供には一番親切だったからさ。でも彼は誇り高く高邁で、怒るとその怒りは恐ろしかった。

トロイアのまちの人間だけで美しい手のヘレネーを守ろうと戦ったなら、トロイア人がギリシア人に対して勝ち目はなかっただろう。でも彼らには同盟者がいた。話す言葉は違ってたけど、ヨーロッパからもアジアからも一緒に戦おうとやってきた。トロイア側でもギリシア側でもこの人々はペラスギ人と呼ばれ、海の両岸に住んでたらしい。トラキア人もいたが、彼らはヨーロッパではアキレスよりずうっと北に住んでたし、川のようにはしる細長い海であるヘレスポンント海峡のほとりにも住んでいた。サルペドンとグラウコスに率いれられたリュシアの戦士がいたし、わからない言葉を話すカリア人がおり、ミュシア人や「銀の産地」といわれるアリュベから来た人々、その他たくさんの種族が軍隊を送った。こうして一方は東ヨーロッパ、もう一方は西小アジアの間の戦争となったんだ。エジプトの人々は戦争には加わらなかった。ギリシア人や島の人々は、デーン人がイギリスに侵攻したみたいに、よく船に乗って押し寄せてはエジプト人を攻撃した。角のついた兜をかぶった島からやってきた戦士たちを、古いエジプトの画に見ることもあるだろう。

トロイア人の、今で言う総指令官にあたるのは、プリアモスの息子、ヘクトールだった。ヘクトールはどのギリシア人に対しても好敵手だと思われており、勇敢で善良だった。彼の兄弟も指導者だったが、パリスは遠くから弓矢で戦う方が好きだった。パリスとイダ山の斜面に住むパンダロスはトロイア軍一の弓の名手だった。諸侯というものは普通、重い槍を投げあったり、剣で戦うもので、弓は青銅の鎧のない一般兵に任されていたんだ。だがテウセルとメリオネスとユリシーズはアカイア一の弓の名手だった。ダルダニア人とよばれた種族はアエネースが率いていたが、アエネースはもっとも美しい女神の息子といわれていた。こういう人たちとサルペドンとグラウコスがトロイア側で戦ったもっとも有名な人たちだった。

トロイアは丘の上の強固な町で、背後にイダ山が横たわり、前方には平原が海岸に向かって傾斜していた。この平原を二本の美しい川が流れ、あちこちに険しい小丘と思われるものが散在しているが、実はこれはずっと昔に死んだ戦士たちの灰の上に積み上げられた墳丘なんだ。こういう墳丘の上には、ギリシア艦隊が近寄ってきたら警報をだそうと、よく歩哨が立って海の向こうを見張っていた。だってトロイア人はギリシア艦隊がやって来る途中だって聞いてたからね。とうとう艦隊が現れ、海は船で真っ黒になり、漕ぎ手たちは最初に上陸する名誉を得ようと力のかぎりをつくした。競争はプロテシラオス公の船が勝ち、プロテシラオスは誰より真っ先に岸に飛び降りたが、飛び降りたときにはパリスの弓から放たれた矢が心臓に当たった。これはトロイア方には良い前兆、ギリシア方には悪い前兆だったにちがいないけど、でもノルマンのウィリアムがイギリスに侵攻したとき以上の大勢力で上陸を阻止しようとしたとは聞いてない。

ギリシア人は船をみんな岸に引き上げ、船の前に建てた小屋で野営した。こうして背後の船に接して長い小屋の列ができた。ギリシア人はトロイアの包囲が続いた10年間ずうっとこの小屋に住み続けたんだ。この時代、ギリシア人は包囲のやり方を知らなかったみたいなんだ。ギリシア人が塔をつくったりトロイアを取り囲む塹壕を掘ったりして、郊外から補給物資が持ち込まれないよう塔から見張るといったことを期待したでしょ。こういうのを町を「包囲する」っていうんだけど、ギリシア人はけっしてトロイアを包囲しなかった。たぶん包囲するだけの人数がいなかったんだろう。とにかく、場所は開放されたままで、戦士や女子供の食糧として、いつでも牛を追い込むことができた。

その上、ギリシア人は長い間、城門を壊そうとか、城壁をよじ登ろうとか、やってみようともしてないようなんだ。この城壁はとても高くて梯子がついてた。一方、トロイア人と同盟者は、危険を冒してまで、ギリシア人を海にたたき込むことはけっしてしなかった。彼らはふつう城壁のなかにいるか、城壁の下で小競り合いをしていた。ヘクトールは常々ギリシア人の野営を攻めたてたがったが、老人たちがこういう戦い方を言い張っていたんだ。どちらの陣営にも、後の時代にローマ人が使ったような、重い石を投げ飛ばす機械はなかった。ギリシア人がやったことは、アキレスに従って、近所の小さい都市をぶんどり、女たちを奪って奴隷にし、牛を追い払ったくらいのことなんだ。ギリシア人は食糧や葡萄酒をフェニキア人から買ってた。で、フェニキア人は船でやってきて、戦争で大儲けしたんだ。

10年目になるまで、戦争は本気では始まっちゃいなくて、主な指導者はほとんど死んじゃいない。熱病がギリシア人を襲い、野営地はギリシア人が死体を焼く、大きく積み上げた燃えさかる薪の煙で、一日中暗く、またその火で一晩中照らし出された。その骨は土の小山の下に埋められた。この小山は今でもその多くがトロイアの平原に立っているんだ。疫病が10日の間猛威をふるったとき、アキレスは全軍の会合を招集して、なぜ神々が怒っているのか理由を見つけ出そうとした。軍隊での熱病は普通汚物や悪い水を飲んで起こるものなんだけど、ギリシア人は美しい神アポロ(彼はトロイア方の味方だった)が自分たちに銀の弓から見えない矢を放ったと考えたんだ。太陽がとても熱かったのも、病気が起こるのを助長した。でもぼくたちは、ギリシア人が自分たちで語ったとおりに物語らなければならない。そこでアキレスは会合で話し、アポロがなぜ怒っているのか予言者に聞こうと提案した。予言者の長はカルカスだった。彼は立上り、アキレスが真実で気分を害した諸侯の怒りから自分を守ると約束するなら、真実を告げようといった。< /p>

アキレスはカルカスが誰のことをいっているのか、よくわかっていた。10日前、アポロの神官が野営地を訪れ、アキレスが小さな町を占領したときに、他の多くの捕虜と一緒に捕らえた美しい少女、その神官の娘クリュセイスを身請けしたいと申し出た。クリュセイスは奴隷としてアガメムノーンに与えられていた。アガメムノーンは頭の王だったから、戦いに加わっていようがいまいが、いつも最上の戦利品を手に入れたんだ。彼は戦いに加わらないのがいつものことだったんだ。アキレスには、彼がとても気に入ったブリセイスという別の娘が与えられた。さて、アキレスがカルカスを守ると約束すると、予言者は大声で話し、大胆にも誰もがもう知っていること、つまりアガメムノーンがクリュセイスを返さず、彼女の父親のアポロの神官を侮辱したから、アポロが疫病を起こしたと言った。

これを聞くと、アガメムノーンはとても怒った。彼は、クリュセイスを返そう、だがアキレスからブリセイスを取り上げようと言った。するとアキレスはアガメムノーンを殺そうと大剣を鞘から抜いた。でも、怒っていても、彼はそれが間違ったことだとわかっていたので、ただアガメムノーンのことを「犬の面と鹿の心臓をもった」貪欲な腰抜け呼ばわりしただけだった。そして彼と部下はもうこれ以上トロイア人とは戦わないと誓ったんだ。老ネストルは仲裁しようとし、剣は抜かれずにすんだ。でもブリセイスはアキレスから取り上げられ。そしてユリシーズはクリュセイスを自分の船に乗せ、彼女の父親の町へと船出し、父親に引き渡した。そこで父親はアポロに疫病を鎮めたまえと祈り、ギリシア人が野営地を清潔にし、自らを清め、不浄のものを海に流すと、疫病はおさまった。

ぼくたちはアキレスがどんなに猛々しく勇敢だったか知っており、なぜ彼がアガメムノーンに決闘を挑まなかった不思議に思う。でもギリシア人はけっして決闘をしなかったし、アガメムノーンは正しい神意で頭の王となったんだと信じられていた。アキレスは、自分の愛するブリセイスが連れ去られるとき、一人海岸に行って泣き、母親の銀の足の水の女神に呼びかけた。するとテティスは灰色の海から霧のように現れ、息子の傍らにすわり、その手で息子の髪をなで、アキレスはその悲しみをすべて母親に語ったんだ。そこでテティスは神々の住いに行き、すべての神の頭ゼウスに祈って、トロイア人に大きな戦闘で勝たせて、アガメムノーンにアキレスが必要なことを悟らせ、その尊大な態度を改めさせ、アキレスの面目を施させようと言った。

テティスは約束を守り、ゼウスはトロイア人がギリシア人を打ち破るだろうと保証した。その夜、ゼウスはアガメムノーンに偽りの夢を見せた。夢は老ネストルの姿をとり、ゼウスがその日アガメムノーンに勝利をもたらすと言った。まだ寝ている間は、アガメムノーンはすぐにもトロイアを得るだろうという希望でうきうきしていたが、目が覚めると、それほど確信が持てなくなった。なぜかって、武具を着け、ギリシア軍そのものを率いるかわりに、単にローブと外套をまとい、王しゃくを持っているだけだったからだ。そこでアガメムノーンは将軍たちのところに行き、その夢を語り聞かせた。彼らはさほど勇気づけられた気がしなかったので、アガメムノーンは軍隊の気分を試してみようと言った。アガメムノーンは軍隊を呼び集めて、ギリシアに帰ろうと提案した。だが、もし兵士たちが彼の言うことをそのまま信じたら、将軍たちがとどめることになっていた。これは馬鹿げた計画だった。なぜって兵士たちはうんざりしていて美しいギリシアと自分の家庭や妻子に恋焦がれていたんだからね。だから、アガメムノーンが言った通りにすると、全軍が西風が吹き渡る海のように立上り、叫びながら船に駆けて行った。それでその足もとで埃が雲のように舞い上がった。こうして彼らは船を進水しはじめた。で、諸侯たちは勢いに押し流され、他の者と同じくらい故郷に帰ることをしきりに願っているみたいだった。

だがユリシーズだけは船の傍らに悲しみ怒って立ち、決して船には手を触れなかった。それはユリシーズが逃げ出すことはとっても恥ずかしいことだと感じていたからなんだ。ついには彼は自分の外套を投げ捨てた。それを彼の伝令の猫背で茶色の巻毛の男、イタカのエウリュバテスが拾い上げた。ユリシーズはアガメムノーンを探しに走り、元帥の指令杖のような金の鋲を打った杖であるその王しゃくをとり、出くわした将軍たちに、恥ずかしいことをしているんだろやさしく告げた。だが一般兵士はしゃくで集合場所に追いたてた。彼らはみな帰り、途方に暮れ、しゃべりあった。しかしテルシテスという名の、一人の足の不自由な、がにまたで、禿げていて、猫背の軽率な奴が、立ち上がって、不遜な演説をして、諸侯たちを侮辱し、軍隊に逃げるよう勧めたんだ。するとユリシーズは彼をつかまえて、血が流れるまでなぐった。そこで彼は座り込み、涙を拭った。そのお馬鹿な様子に全軍が嘲笑し、ユリシーズとネストルが彼らに武装し戦うよう命じたときには、ユリシーズに喝采した。アガメムノーンはまだ自分の夢をとても信じており、その日こそトロイアを得、ヘクトールを殺すことになるよう祈った。こうして、ユリシーズ一人で軍隊を臆病な退却から救ったんだ。彼がいなければ、船は一時間で発進していたことだろう。けれどもギリシア人は武装し、全軍あげて進軍した。アキレスとその友パトクロスと2、3千人の部下を除いては。トロイア人も、アキレスが戦わないと知って、気をとり直し、両軍はたがいに接近した。パリス自身は、2本の槍と弓を携え、防具をつけずに、軍勢の間に歩み出て誰であれギリシアの諸侯に一騎打ちを挑んだ。パリスに妻を連れ去られたメネラーオスは、牡鹿か山羊を見つけた飢えたライオンのように喜んで、防具をつけて戦車から飛び降りた。でもパリスは、丘の小道で大きな蛇に出食わした人のように、向きを変えて逃げ出した。そのときヘクトールがその臆病さをたしなめた。パリスは恥ずかしくなり、自分がメネラーオスと戦うことで戦争を終らせようと申し出た。もしパリスが倒れれば、トロイア方はヘレネーとその宝石をすべてあきらめなくちゃならない。もしメネラーオスが倒れれば、ギリシア方は美しいヘレネーを残して帰国するというものなんだ。ギリシア側はこの計画を受け入れた。それで双方武装を解いて戦いを見守ることにした。彼らは戦いの勝敗がつき、争いが解決するまで、平和を維持するという一番厳かな誓いをたてるつもりだった。ヘクトールはトロイアに2頭の小羊を用意するよう使いを送った。この小羊は誓いを立てるときに犠牲とするんだ。

さてその頃、美しい手のヘレネーは家でギリシアとトロイアの戦いを刺繍した大きな紫のタペストリーを作っていた。それはノルマンの貴婦人がノルマンのイギリス征服の戦いを刺繍したバイユーのタペストリーみたいなものだった。ロック・レーヴェン城に捕囚されていたときのスコットランド女王の哀れなメアリと同じように、ヘレネーも刺繍が大好きだった。たぶん、ヘレネーもメアリも昔の生活と悲しみを思いながら刺繍をしてたんだろうね。

ヘレネーは自分の夫がパリスと戦うことになったと聞くと、泣いて、輝くヴェールで顔を覆い、二人の部屋付き小間使いをつれて、プリアモス王がトロイアの老将軍と座っている門塔の屋根に行った。彼らはヘレネーを見て、このような美しい婦人のために戦うことにちょっととがめだてをした。プリアモスは彼女を「愛しい子よ」と呼びかけ、「わしはお前をとがめはしない。この戦争をもたらした神々を非難するのだ。」と言った。でもヘレネーは小さな娘や夫を置き去りにして故郷を離れる前に死んでしまえばよかったのにと言った。「ああ、恥知らずの私!」そうして彼女はプリアモスに主なギリシアの戦士たちの名前、それにアガメムノーンより頭一つ低いが胸と肩が広いユリシーズの名前を教えた。ヘレネーは自分の二人の兄弟カストルとポリュデウケスに会えないが不思議だったが、彼女の罪を恥じて遠く離れているのだろうと思った。でも緑の草が彼らの墓を覆っていた。なぜかというと、二人ともはるか遠くの自分たちの国、ラケダエモンで戦いで死んでいたんだ。

さて、子羊は犠牲にされ、誓いが立てられた。パリスは兄弟の防具、兜、胸当て、盾、すね当てを着けた。くじ引きで、パリスとメネラーオスのどちらが先に槍を投げるかを決めたが、パリスが勝ったので、槍を投げた。でもメネラーオスの盾に当たって切先が鈍った。メネラーオスが槍を投げると、パリスの盾をきれいに貫き、胸当ての脇を通ったが、パリスのローブをかすめただけだった。メネラーオスは剣を抜き、突進してパリスの兜の前立に一撃を加えが、その青銅の刃は4つに砕けた。メネラーオスはパリスの兜の馬のたてがみの前立をつかみ、ギリシア軍のほうへひきずったが、顎紐が切れた。メネラーオスは振り向いて、兜をギリシア軍の隊列に投げ込んだ。でもメネラーオスが槍を手に、パリスをもう一度捜すと、どこにも見当たらない!ギリシア人は美しい女神アフロディテ、ローマ人はヴィーナスと呼ぶ女神がパリスを暗闇の厚い雲で隠し、彼の町に運んだと信じた。その町で美しい手のヘレネーはパリスを見つけて、「私の主人である偉大な戦士に打ち破られて、あなたは非業の死を遂げるところだったのに!もう一度行って、顔を突き合わせ戦うよう挑戦してきてください。」と言った。でもパリスはもう戦いたいとは思わなかったし、ヘレネーは女神に脅され、無理矢理パリスと一緒にトロイアに留まらなければならなくなり、パリスは自分で臆病者だと証明したんだ。けれど別の日にはパリスはよく戦っていたんだから、彼は心の中で自分を恥じていたので、メネラーオスを恐れていたんじゃないの。

その間、メネラーオスはそこら中くまなくパリスを捜していた。トロイア人は、パリスを憎んでいたんで、知っているなら隠れている場所を教えてやりたかっただろう。でもだれもパリスがどこにいるか知らなかった。そこでギリシア勢は勝利を宣言し、パリスは戦いに負けたんだから、ヘレネーを返してもらい、全員故郷へと船出しようと思ったんだ。

トロイア方の勝利

戦はそこで終ったかに見えた。だがイーデーの王パンダロスに邪まで愚かしい考えがうかんだ。彼は平和の誓に背いて、メネラーオスを矢で射ることにしたのだ。矢は留め板の継目から胸当てを貫き、血が流れ出た。弟をとても愛していたアガメムノーンは悲嘆し、もしメネラーオスが死なば、ギリシア軍は全軍帰国し、トロイア人はメネラーオスの墓の上で踊るだろうと言った。「我が軍中を心配させてはなりませぬぞ。」とメネラーオスは言った。「矢はさして傷つけてはおりませぬ。」そして軍医はたやすく傷口から矢を引き抜いたので、傷があさいことは明らかになった。

そこでアガメムノーンはそこいらを急き立て、ギリシア軍に武装してトロイア軍を攻撃するよう命じた。トロイア軍は明らかに負けていた。それは彼らが誓を破ったゆえであった。だがアガメムノーンはいつもの横柄さから、ユリシーズとディオメーデースを臆病だと非難した。ディオメーデースは人並に勇敢であったし、ユリシーズこそが全軍あげて船を進水させ帰国しようするのを防いだというのに。ユリシーズは気迫で応えたが、ディオメーデースはしばらくは何も言わなかった。彼は後になってその心のうちを語った。ディオメーデースは戦車から飛び降り、それに続いて大将たち全員が飛び降りて、一線となって前進した。その後に戦車が続き、さらに槍兵と弓兵が続いた。トロイア軍は前進し、全員がそれぞれ異なった言葉で叫び立てた。だがギリシア軍は黙したまま近づいた。その時二つの前線は崩れ、盾と盾とがぶつかりあい、その音は山の間を流れる激流の轟音さながらであった。倒れると、殺した者が武具をはぎ取ろうとし、友人が死者をこの不名誉から護ろうと骸のうえで戦った。

ユリシーズは傷ついた友のうえで戦い、槍でトロイアの王侯の頭と兜を貫き通した。あたり一帯で戦士たちの投げる槍と矢と重い石の下で人が倒れた。ここでメネラーオスは、パリスがギリシアへと航海した船を造った男を槍で刺し殺した。塵が雲のごとく舞い上がり、戦う男たちからは霧が立ち上った。一方ではディオメーデースが、氾濫した川のごとくに平原を横切り、川がその流れのあとに木の枝や草を残していくように、その後には屍が累々とした。パンダロスは矢でディオメーデースに傷を負わせたものの、ディオメーデースに殺された。サルペードーンとヘクトールが向きをかえ、猛然とギリシア軍にぶつかっていった時は、トロイア軍は敗走する寸前であった。ヘクトールが押し寄せ、ユリシーズめがけて突撃したときは、ディオメーデースでさえ身震いした。そのユリシーズは行く先々でトロイア勢を殺してまわった。戦況は一進一退めまぐるしく変わり、矢は雨のごとくに降り注いだ。

だがヘクトールは、女神アテーナーに助力を祈願するよう命じるために町に派遣された。そしてパリスの家へ行ってみると、ヘレネーがパリスに男らしく戦いに行くよう懇願していた。そして曰く「我が身など風に飛ばされ、潮に溺れてしまえばよいものを。かようなことの起こるまでは、私は恥知らずなまま。」

それからヘクトールは愛しい妻アンドロマケーに会いにいった。彼女の父は包囲戦のはじめのころにアキレウスに殺されていた。ヘクトールは妻と乳母がヘクトールの幼き息子を連れて来たのに気がついた。アンドロマケーの胸の上に星のごとくに、息子の美しい金に輝く頭があった。さて、一方でヘレネーがパリスに戦いに行くよう急き立てていたころ、アンドロマケーはヘクトールに自分と一緒に町に残るよう頼み込んでいた。戦死して、自分を寡婦とし、子供を護る者とてない孤児として残すことのないよう、これ以上戦うのを思い止まって欲しいと言うのだ。軍勢はやがて城中に戻りましょう、さすれば平原で戦うこともなく、しばらくは安全となるでしょうと彼女は言った。けれどヘクトールはこう応えた。自分は戦いに尻込みするものではないが「聖なるトロイアもプリアモス王もその民も亡び去る日がこようという予感がする。だがトロイアの滅亡も私の死も、お前が奴隷としてギリシアに連れ去られ、他の女に命じられて糸を紡ぎ、ギリシアの井戸から水を汲むかと思うことほど、悩ましくはない。お前の泣き叫ぶ声、お前の捕らわれの物語を聞く前に、我が墓の積み上げられた土に覆われていたいものだ。」

それからヘクトールは幼き我が子に手を伸ばした。だが子供は父親のきらめく兜と垂れ下がった馬のたてがみの前立てを見て怖がった。そこでヘクトールは兜を地面に置き、子供を腕の中であやし、妻を慰めようとしてから、最後の別れを告げた。なんとなれば、ヘクトールは生きてトロイアに戻ることはなかったのだ。ヘクトールは戦場に戻り、パリスも荘厳な武具を着けて、それに続いた。そしてすぐにギリシアの王侯を殺したのだ。

戦闘は夕暮れまで続いたが、夜になるとギリシア軍もトロイア軍も死者を焼いた。ギリシア軍は野営地のまわりに塹壕と防壁を作った。トロイア軍が町を出て平原で戦っている今では、安全のために必要となったのだ。

次の日、トロイア軍は大勝し、夜になっても城壁の向うへと退かず、平原に大きな焚火を焚いた。千もの焚火で、それぞれの焚火を五十人が取り囲んで夕食をとり、笛の楽を聞きながら葡萄酒を飲んだ。けれどギリシア軍は意気消沈して、アガメムノーンは全軍を呼び集めて、夜のうちに船を発進して故郷へ船出しようと提案した。そのときディオメーデースが立ち上がり、「貴殿は先頃私を臆病者とよばわったが、貴殿こそが臆病者。ここに残るが恐ければ、船にのって逃げるがよい。だが我ら残り全員は、トロイアの町を手にいれるまで戦おうぞ。」

かくして全軍がディオメーデースに称讃の声をあげた。ネストールはみなに、自分の子トラシュメデス配下の五百人の若者をトロイア軍の監視に遣わし、トロイア軍が暗闇に紛れて攻撃してきたときには、新しい防壁と塹壕を護らせるよう助言した。次にネストールはアガメムノーンに、ユリシーズとアイアースをアキレウスのもとに遣わし、ブリセーイスを返し、たくさんの黄金の贈物を与える約束をして、横柄な振舞を詫びるよう勧めた。もしアキレウスがアガメムノーンの味方となり、これまで通り一緒に戦うなら、トロイア軍はすぐにも町へと追い返されるであろうと。

アガメムノーンはいましも許しを乞おうとしていたところであった。なんとなれば彼は全軍が敗北を喫し、船から切り離されて、殺されるか奴隷とされるのを恐れたからなのだ。そこでユリシーズとアイアースそれにアキレウスの老師フォエニクスはアキレウスのところに赴き、彼と話合い、たくさんの贈物を受けて、ギリシア軍に助力するよう頼み込んだ。だがアキレウスは、アガメムノーンの言った言葉など信じられぬ、アガメムノーンはこれまでずっとアキレウスを憎んでおり、これからも憎み続けるであろうと言った。さよう、アキレウスは怒りを鎮めてはおらず、明日にも部下をすべて引き連れて船出しようとしているのだ。そして残りの皆も共に行こうと勧めたのだ。「何ゆえ、かくも荒れ狂われるのか。」と、めったに喋らぬアイアースが言った。「なにゆえ、一人の女のことでかくも騒がれるのか。我らは七人の女とそのほか多くの贈物を差し出すというに。」

アキレウスは明日は船出はしないだろうが、トロイア軍が我が船を焼こうとせぬかぎり戦いはせぬと言った。アキレウスは、ヘクトールには他にやることがたっぷりあると考えていたのだ。これがアキレウスにできた精一杯の約束であった。ユリシーズがアキレウスの伝言を持ちかえったとき、ギリシア軍は静まりかえった。だがディオメーデースは立ち上がり、アキレウスがいようがいまいが、我らは戦わなくてはならぬと言った。それから、全員うち沈んで、小屋か戸口の外で眠についた。

アガメムノーンは心配のあまり眠れなかった。暗闇の中にトロイア軍の千の焚火の赤い輝きが見え、楽しげな笛の音が聞こえていた。アガメムノーンは呻き声をあげ、長い髪を両手でつかんで引き抜いた。叫び、呻き、髪を掻きむしるのに倦むと、老ネストールのもとに助言を乞いに行こうと思った。寝床の覆いの獅子の皮を肩にかけ、槍をつかんで出かけると、メネラーオスに出会った。というのも、メネラーオスも眠れなかったのだ。メネラーオスは、もしかりにさような勇気ある男がいたとしたらの話で、トロイア軍にスパイを送り込もうと提案した。なんとなれば、トロイア軍の野営地には一晩中火がともっており、冒険は危険きわまりなかったのだから。そこで二人は、ネストールとそのほかの大将たちを起こした。彼らは目覚めたが、武具をつけず、寝床の毛布の覆いにくるまっていた。まずは防壁の見張りにたつ五百人の若者を見回った。それから塹壕を渡って囲いの外に座り込み、何をしたらよいかを考えた。「誰もトロイア軍にスパイとしてもぐりこまぬだろうか。」と言った。若者は誰も行かぬと言いたかったのだ。ディオメーデースが言った。誰ぞ危険を分つ者あれば、私が危険を冒しましょうぞ、と。そして、同行者を選べるものなら、ユリシーズにしたい、とも。

「では行こう。」とユリシーズは言った。「夜は更けており、暁は近いゆえ。」この二人の大将は武具をつけていなかったので、警固の若者から盾と革の帽子を借りた。なんとなれば、青銅の兜なら火の光に輝こうが、革なれば輝くことがないゆえに。ユリシーズの借りた帽子は外側を猪の牙で補強したものだった。この目的で加工した牙はたくさん、剣や武具とともに、アガメムノーンの都ミュケーナイの墓から見つかっている。このユリシーズが借りた帽子は、一度祖父の盗みの達人アウトリュコスが盗んだもので、アウトリュコスは友人に贈物として与え、それから何人かの手を経て、五百人守備隊の一人、クレータのメーリオネースという若者のものとなり、ユリシーズに貸し与えたのだ。そうして二人の王侯は暗闇の中を出発したが、あまりに暗く、鷺の声を聞くも、飛び去ったのは見えなかった。

ユリシーズとディオメーデースが、屍の間をうろつく狼のように、夜陰の中を音もなく忍び入っているころ、トロイア軍の指導者は集まって、何をすべきか考えていた。ギリシア軍が、いつものごとく敵が近づけば警報を出せるよう歩哨や前哨を配置しているのか、それとも疲れ果ててちゃんと見張れない程なのか、あるいはひょっとして夜明けとともに故郷に船出するよう船の準備を整えているのか、皆目分からなかったのだ。そこでヘクトールは、夜陰の中を忍び入ってギリシア軍をスパイした者には褒美をとらそうとした。つまりスパイにはギリシア軍野営地の最良の馬二頭を与えようと言うのだ。

さて、トロイア軍の中にドローンという若者がいた。金持ちの息子で、五人姉妹の家族の中でただ一人の男子だった。ドローンは醜かったが、足が速く、この世で何より馬が好きだった。ドローンは立ち上がり「ペーレウスの子アキレウスの馬と戦車をやろうとお誓いくだされば、アガメムノーンの小屋に忍び込み、聴き耳をたてギリシア軍が戦おうというのか逃げようというのか調べて参りましょう。」と言った。ヘクトールはその馬をドローンにやると誓ったが、それは世界最良の馬であった。そこでドローンは弓を持ち、回色の狼の皮を肩に掛け、ギリシア軍の船に向かって走っていった。

さて、ユリシーズはやってくるドローンを見て、ディオメーデースに「通りすぎるに任せておこう。そうしておいて、貴殿の槍で船の方へと追いたて、トロイアから引き離そう。」と言った。それで、ユリシーズとディオメーデースは戦死者たちの間に身を伏せ、ドローンはギリシア軍の方へと二人の前を走り過ぎた。それから二人は起き上がり、二頭のグレーハウンドが兎を追うように、ドローンを追跡した。ドローンが歩哨に近づいたとき、ディオメーデースは「止まれ、さもなくば槍で殺すぞ。」と叫んで、槍をちょうどドローンの肩の真上越しに投げた。ドローンは恐怖で真っ青となり、歯を鳴らして、じっと立ち止まった。二人が近づくと、泣き叫んで、父親が金持ちゆえに、身請けにたくさんの黄金や青銅や鉄を払うだろうと言った。

「落ち着いて、死ぬかも知れぬということは頭から振り払い、ここで何をしていたのか言え。」とユリシーズが言った。ドローンは、ギリシア軍のスパイをしてくれば、ヘクトールがアキレウスの馬をやろうと約束したことを話した。「高望みをしたものよ。」とユリシーズが言った。「なんとなれば、アキレウスの馬は、地上の馬ではのうて、天上のもの。神々の贈物でアキレウスしか駆ることはできないのだ。では、言え。トロイア軍はちゃんと見張りを立てているのか。ヘクトールは馬とともにどこにおるのか。」それというのも、ヘクトールの馬を追いたてるのは大冒険になるだろうとユリシーズは思っていたからなのだ。

「ヘクトール殿は大将方とイーロスの墓のところで軍議を開いておいでです。」とドローンは言った。「だが、正規の衛兵は置いてはおりませぬ。トロイアの人々は確かに夜営の篝火のまわりにおります。なんとなれば、妻子の安全を考えなければならぬゆえ。けれど遠くの国から参った同盟軍は見張りを立ててはおりませぬ。妻子とも故郷で安全なるゆえに。」それからドローンはプリアモスに味方して戦っている様々な民の持ち場を教えた。「馬を盗まんとするならば、トラーキア王レーソスの馬が一番。かの王は今宵我らと合流したばかりで、その部下ともども戦線の一番遠く離れた端で寝ております。その馬は私がこれまで見てきたなかで最良にして最大、雪のごとく白く、風のごとく速く、その戦車は金と銀とに飾られ、その武具は黄金色をしております。さあ、私が言ったことが真か嘘か確かめに行く間、私を船で捕虜とするか、さもなくば縛ってここに置き去りにし給え。」

「いいや」とディオメーデースは言った。「お前の命を助ければ、またスパイに来るやも知れぬでな。」そして剣を抜き、ドローンの首をば打ち落とした。二人は見つけやすいところに、ドローンの帽子と弓と槍とを隠し、目印をして、夜陰のなかをレーソス王の暗い夜営地へと向かった。レーソス王は夜営の篝火も焚かず、見張りも置いてはいなかった。そこでディオメーデースは眠っている男たちの心臓を突き刺し、ユリシーズは、屍が馬を驚かさぬよう、足をつかんで傍らに投げ棄てた。馬は一度も戦場に出たことがなく、屍の上を連れて行くとおびえるだろうから。最後の仕上げにディオメーデースはレーソス王を殺し、ユリシーズは弓で馬を打って追いたてた。なぜなら戦車から鞭を取って来るのを忘れたからだ。それからユリシーズとディオメーデースは、戦車を取って来る暇がなかったので、馬の背に跳びのって、船へと疾駆し、途中留ってドローンの槍と弓と帽子をとってきたのだ。二人は王侯らのところに馬で行き、皆は二人を喜び迎えた。白馬を見て、レーソス王が死んだと聞くと、全員浮かれて大笑した。というのは、皆レーソス王の軍は今やトラーキアに帰ったのか思っていたのだ。これがありそうなことではある。なんとなれば、この後戦場ではトラーキア軍のことを聞くことはないのだから。こうしてユリシーズとディオメーデースはトロイア勢から数千人を削り取ったのだ。他の王侯は上機嫌で寝床に向かったが、ユリシーズとディオメーデースは海でひと泳ぎし、熱い湯につかって、それから朝食をとった。というのは、薔薇の指の暁の女神が空に登ってきたからだ。

船辺りの戦い

暁とともにアガメムノーンは目覚めたが、恐怖心は去っていた。武具をつけると、徒歩だちの大将たちを自らの戦車の前に配し、その後ろには槍兵を、軍勢の両翼には弓兵と投石兵を置いた。そのとき大きな黒雲が空を覆い、降りしきる雨は真っ赤であった。トロイア軍は平原の高みに集まり、ヘクトールは、武具を輝かせながら、あちらこちらへ、前面に出たり後方にさがったりと、さながらきらめくと思えば雲にかくれる星のようであった。

両軍互いに押し寄せ、互いに切り結び、あたかも刈取機が丈の高い蜀黍畑に道を切り開くかのようであった。双方退きもせず、勇敢なトロイア兵の兜がギリシア勢の兵列深くに見ゆる一方で、勇猛なギリシア兵がトロイアの兵列の中で剣を振り回し、その間矢は雨のごとくに降り注いだ。だが、疲れ果てた木樵が木を切るのを休み、静かな山の上で食事を取る正午のころには、第一線のギリシア軍が突撃すると、アガメムノーンは前面に走り出て、二人のトロイア人を槍で刺し殺し、その胸当てを奪って戦車にのせた。それからヘクトールの兄弟を槍で突き、別の兄弟を剣で殺し、戦争捕虜にしてくれと虚しく頼む相手をさらに二人も殺したのだ。歩兵は歩兵を殺し、戦車兵は戦車兵を殺し、あたかも風の強い日に火事が森をおそい、木々の間を跳ねまわり、轟音をたてて駆け抜けるがごとく、ギリシア軍はトロイア軍の戦列に乱入した。空の戦車を馬が狂ったように平原中を引き回った。なぜなら戦車兵は倒れ死んでいたのだ。死骸のうえには貪欲な禿鷹が宙を舞い、翼をはばたかせていた。アガメムノーンはまだトロイア軍の最後尾を追っては殺していたが、残りのトロイア軍は城門のところまで逃れ去り、城門の外の樫の木のところで留まった。

だがヘクトールは戦いを手控えた。ギリシア軍の防壁から、古えの王イーロスの墳墓を過ぎ、野性の無花果の木の生えているところを過ぎて、平原を突っきって退却したので、その間に、部下を敵のほうへと向き直らせて戦線を作り、一息つかせて、激励したのだ。ヘクトールはトロイア軍を再編しようと骨を折ったが、もう一度もとへ戻そうというときは、なかなかすすまぬものだとも承知していた。そんなものだとはっきりわかった。というのも、トロイア軍が集まって戦線を作っているときに、レーソス王が来援する前からトロイアに味方して戦ってきたトラーキアの大将をアガメムノーンが殺したのだ。だが殺された男の兄がアガメムノーンに武具を貫く槍の一撃を加えた。アガメムノーンはこの男を返り討ちにしたけれど、傷はひどく出血して激しく痛んだので、戦車に跳び乗ると船まで駆け戻った。

それからヘクトールは、狩人が獅子に立ち向かう猟犬に叫ぶかのごとく、突撃の号令をかけた。そしてトロイア軍の戦線の先頭に飛び出すと、行く先々で殺しわまった。ギリシア軍の九人の大将を殺し、それから槍兵に襲いかかって、吹き荒れる風が波の沫を散らすがごとく追い散らした。

今やギリシア軍の隊列は乱れ、もしもユリシーズとディオメーデースが真中に立ちはだかり、四人のトロイアの指揮者を殺さなければ、船の間へと逃げ込んで、情け容赦もなく殺されていたであろう。ギリシア人は戻りはじめ、再び戦線について敵と対峙した。ところがトロイア軍の右翼で戦っていたヘクトールがそれへ向かって押し寄せた。だがディオメーデースはヘクトールの兜に槍の狙いをよく定めて、見事にあてた。槍の切先は兜を貫きはしなかったが、ヘクトールは気絶して倒れた。それから意識が戻るとヘクトールは戦車に跳び乗り、従者はギリシア軍左翼のネストールとイードメネウス率いるピュロス人とクレーテ人の部隊に向かって駆けていった。古えの王イーロスの墳丘の上の柱の傍らにたつパリスがその足を射抜くまで、ディオメーデースは戦い続けた。ユリシーズは座り込んだディオメーデースの所にいって正面に立ち、その足から矢を引き抜いた。ディオメーデースは戦車に乗り込み、船の所に駆け戻った。

今や中央でまだ戦っているのギリシア方の大将はユリシーズただ一人だった。ギリシア軍はみな逃げてしまい、ユリシーズはトロイアの大軍のなかにただ一人となり、森の中で追い詰められた猪のまわりに猟犬と狩人が押し寄せるがごとく、トロイア軍は彼のところに殺到した。「やつらは戦いを避ける腰抜けどもだ。だがおれはここに立ち、一人で多勢に立ち向かおう。」とユリシーズは自分に言って聞かせた。彼は首からベルトで吊した大盾で体の前面を覆い、四人のトロイア兵を殺し五番目にも傷を負わせた。だが負傷した男の兄弟が突く槍が、大盾と胸当てを貫いて、見事ユリシーズの脇に傷を負わせたのだ。そこでユリシーズはこのトロイア兵に向き直った。トロイア兵は逃げたが、ユリシーズの投げた槍が肩から胸へと突き通り、彼は死んだ。ユリシーズは傷を負わせた槍を脇から引きずったまま、大声で三度他のギリシア人に救いを求めた。そこでメネラーオスとアイアースとが彼を救いに駆けつけた。というのも、矢を打ち込まれて傷ついた牡鹿の周りを囲むジャッカルのごとくに、トロイア軍がユリシーズを取り囲んでいたのだ。アイアースが走って来て、ユリシーズがメネラーオスの戦車にはい上がるまで、傷ついた彼を大盾で覆った。そしてメネラーオスはユリシーズをのせて船のところへと駆け戻ったのだ。

その間、ヘクトールは戦場の左翼でギリシア兵を殺していたが、パリスはギリシア軍の軍医マカーオーンを射当てた。それでイードメネウスはネストールに頼んでマカーオーンをその戦車に乗せ、ネストールの小屋まで駆けていき、そこで傷の手当をした。一方ヘクトールは戦線の中央へと急いだ。そこではアイアースがトロイア兵を殺していたが、ギリシアの大将エウリュピュロスはパリスの放った矢で傷つき、友人たちが盾と槍で彼を護った。

こうしてギリシア軍の優れた戦士たちは、アイアースを除いては、負傷して戦場から離れ、槍兵たちは敗走した。その間、アキレウスは船の艫に立ち、ギリシア軍の敗北を眺めていたが、マカーオーンがひどく傷ついて、ネストールの戦車で運ばれるのが通り過ぎるのを見ると、誰よりも愛した友パトロクロスにマカーオーンの具合がどうか見て来るように言った。パトロクロスが行ってみると、マカーオーンはネストールと一緒に座って葡萄酒を飲んでいた。ネストールはいかに多くの大将たちが傷ついたか話して聞かせた。それからパトロクロスが急いでいるにもかかわらず、自分の若い頃の手柄話を長々と語り始めた。最後にネストールは、自身で戦わないなら、せめてアキレウスの壮麗な武具を着けたパトロクロスに率いさせた部下を出すようアキレウスに頼んでくれと、パトロクロスに言った。さすれば、トロイア軍はアキレウスが戦場に戻ったと思い、恐れるだろう。というのも、トロイア軍の誰しもアキレウスと接近戦で見えるだけの勇気はないのだから。

そこでパトロクロスはアキレウスのもとへ急ぎ戻った。しかし道すがら負傷したエウリュピュロスに出会い、彼の小屋へと連れて行って、小刀で腿から矢を切り落とし、傷をお湯で洗い、痛みをとりさる苦い根を擦り込んだ。こうしてパトロクロスはしばらくエウリュピュロスの世話をしたのだ。しかし結局はネストールの助言がパトロクロスの死の原因となった。今や戦いはもっと激しくなっていたが、アガメムノーンもディオメーデースもユリシーズも槍にすがって歩くのがやっとだった。アガメムノーンはまたしても岸辺に船を繋ぎ、夜陰に乗じて船を出し、逃げ帰りたくなった。だがユリシーズは激怒して言った。「貴殿は我らではなく、他の名誉心のない軍隊を率いておればよかったのだ。我らは、臆病者のように逃げるより、魂の消え去るまで戦い抜きましょうほどに。兵士どもが貴殿が逃げ去ろうと言っておるのを聞きつけぬよう、黙らっしゃれい。かような言葉は何人たりとも言うてはならぬのじゃ。私は貴殿の勧めを全くもって蔑すんで拒みましょう。なんとなればギリシア軍は、戦いの最中、貴殿が船に乗れと命じれば、挫けましょうゆえ。」と。

アガメムノーンは恥じ入った。そしてディオメーデースの助言により、負傷した王たちは、自ら戦うことはかなわぬとも、戦場の縁に行き、他の者たちを励ました。彼らはギリシア軍を再編し、アイアースがこれを率いた。アイアースは大きな石をヘクトールの胸に投げつけた。そこでヘクトールの友らは彼を戦場から引出して川岸まで運んだのだ。そこでヘクトールに水をかけたが、ヘクトールは失神したまま大地に横たわり、口からは黒い血が溢れ出た。ヘクトールが横たわり、誰もが死ぬだろうと思っている間に、アイアースとイードメネウスはトロイア軍を追い返し、アキレウスとその部下がいなくても、ギリシア軍はトロイア軍に屈しないと思えた。しかし戦闘は決して終ることがなく、しかもヘクトールは生きていたのだ。この時代には「前兆」というものが信じられており、鳥が右に現れるか左に現れるかが幸不幸を表している考えていた。戦闘の最中にあるトロイア兵がヘクトールに不幸の鳥を見て、町に引き返して欲しいと言った。だがヘクトールは「前兆は唯一つ最良のもの。我らが祖国のために戦えという徴。」と言った。ヘクトールが生死の境をさ迷っている間、ギリシア軍は勝ち続けた。というのもトロイア軍を率いる偉大な大将は他にいなかったのだ。しかしヘクトールは失神から覚め、立ち上がるとあちこちと走り回ってトロイア人を励ました。そうしてヘクトールを見ると多くのギリシア兵は逃げてしまった。だがアイアースとイードメネウス、それに残った勇者たちはトロイア軍と船の間に方陣を組んだが、彼らにヘクトール、アイアース、パリスが襲いかかり、槍を投げ、そこら中で殺し回った。ギリシア軍は踵を返して逃走したが、トロイア軍は殺した者たちから武具をはぎ取るため留まろうとした。だがヘクトールが叫んだ。「戦利品はそのままにして、船へと急げ。遅れる者は殺してくれよう。」

かくして、トロイア全軍がギリシアの船を護る塹壕の中へと戦車を乗り入れた。それはあたかも海上で大波が船の舷側に押し寄せるかのようであった。ギリシア軍は船の甲板で、海戦で使う非常に長い槍を突き出し、トロイア軍は船に乗り込み、剣や斧で打ちかかった。ヘクトールは火の着いた松明を持ち、アイアースの船に火を放たんとしたが、アイアースは長い槍で寄せつけず、一人のトロイア兵を殺し、火の着いた松明がその手から落ちた。そうしてアイアースは叫び続けた。「さあ来い、ヘクトールなぞ追い返してやる。部下を呼び集めたのは踊りに来たのではのうて、戦うためだろうが。」

屍は山と積み上り、生きている者たちは戦死者の山を駆け登って、船によじ登った。ヘクトールは、大きな険しい巌に打ち寄せる海の波のように突進し、その巌のごとくにギリシア軍は立ちはだかった。まだトロイア軍は一番手前の船の舳を過ぎたあたりを攻撃していたが、アイアースは六メータを越す長槍を繰り出し、四頭の馬を駆って背から背へと跳び移る人のように甲板から甲板へと跳び移った。ヘクトールは我が手でプローテシラーオスの船の艫をつかんだ。このプローテシラーオスはギリシア軍が最初に上陸した日に、岸に降り立ったところをパリスに射殺された王であった。そしてヘクトールは「火を放て。」と命じ続けた。この陸上で行われた奇妙な海戦では、アイアースでさえ、甲板を降りて、舷窓から槍を突き出した。アイアースの護る船に火を放とうとした十二人の男が戦死した。

パトロクロスの殺害と敵討ち

松明が船のまわりで燃え上がり、すべてが絶望的に思われたちょうどそのとき、パトロクロスはエウリュピュロスの小屋から出て来た。彼はこれまでエウリュピュロスの傷の手当をしていたのだ。そしてギリシア軍が大きな危機に陥っているのを知ると、泣きながら走ってアキレウスのところへ来た。「なぜ泣くんだ。」とアキレウスは言った。「母親のそばにかけより、ガウンをひっぱって、涙いっぱいの目で母親を見ている小さな女の子みたいだぞ。君の父上かあるいは僕の父が亡くなったという悪い知らせが故郷からあったのか。それともギリシア軍が自分たちの愚行の報いをうけたのが悲しいのか。」それでパトロクロスはアキレウスに、ユリシーズをはじめ多くの諸侯が負傷し戦えなくなった顛末を語って聞かせ、自分がアキレウスの武具を着けて、元気で疲れを知らないアキレウスの部下を戦場に率いるのを許可して欲しい、というのも二千人の元気いっぱいも戦士を投入すればその日の運もかえられるだろうから、と頼み込んだ。

それでアキレウスは、ヘクトールが自分の船に火を放とうとするまでは戦わないと誓ったことを後悔した。アキレウスはパトロクロスに武具と馬それに部下を貸し与えることしたが、パトロクロスはトロイア軍を船から追い払うだけで、深追いしてはならなかった。このときアイアースは疲れ果て、武具にはたくさんの槍が打ち込まれ、大盾を持ち上げることがほとんどできなかった。ヘクトールはアイアースの槍の穂先を剣で切り落とし、青銅の槍頭は地面に落ちてカラカラと鳴り響き、アイアースは穂先のない柄だけを振り回していた。それでアイアースはひるみ、彼の船のいたるところで火が燃え上がった。アキレウスはそれを見て、太腿を打ち、パトロクロスを急がせた。パトロクロスはアキレウスの輝く武具で身をつつんだ。トロイア軍の誰もがこの武具を恐れるのだ。それから従者のアウトメドーンがクサントスとバリオスという2頭の馬につけた戦車に跳び乗った。この二頭は西風の子供だと言われていた。それから伴走馬を二頭の傍らにそえ引き綱でつけた。その間にミュルミドーンと呼ばれるアキレウスの2千人の部下は武具をつけて、名家の5人の将軍が指揮する、それぞれ4百人の5つの隊に集結した。彼らは大きな赤鹿を平らげたばかりで丘の井戸の黒ずんだ水で喉の渇きを癒そうと走って行く狼の一団のように、一心不乱に進軍した。

全員が密集方陣を組み、兜と兜が触れ合い、盾と盾が触れ合って、さながら輝く青銅の動く壁となり、アキレウスの部下たちは突撃し、パトロクロスは戦車に乗って先導した。彼らは全速力でトロイア軍の側面に襲いかかった。トロイア軍は指揮者を見て、恐ろしいアキレウスの輝く武具と馬だと知って、アキレウスが戦場に戻って来たと思った。それでどのトロイア兵も逃げ出せる方向はないかあたりを見回し、戦闘にはいるとすぐに選んだ方向に逃げ出した。パトロクロスはプローテシラーオスの船に殺到し、そこのトロイア軍の指揮者を殺し、トロイア軍を追い払って、火を消した。その間にトロイアの連中は船から引き上げ、アイアースやその他の負傷していないギリシアの王侯はトロイア軍の中に飛び込んでいき、剣や槍で打ちかかった。戦いがまた急変したということはヘクトールにはよくわかったが、たとえそうでも、ヘクトールは立ちはだかり、やるべきことをした。だがトロイア軍は算を乱して塹壕を渡って逃げ帰った。この塹壕のところで多くの戦車の棒が折れ、馬は解き放たれて平原を横切って走っていった。

アキレウスの馬は堀を跳び越し、パトロクロスは馬をトロイア軍とトロイア町の城壁の間へと駆りながら、たくさんの男を殺したが、その中でも大物はリュキア人の王サルペードーンだった。サルペードーンの死体のまわりでトロイア軍はヘクトールの下に結集し、戦況は目まぐるしく変わり優劣着きがたく、槍と剣が盾と兜を打つ音は、たくさんの木こりが山の峡谷で木を切り倒すときのようだった。ついにはトロイア軍が敗れ、ギリシア軍は勇敢なサルペードーンの死体から武具を矧ぎ取った。だが人の語るところでは、二枚翼の天使に似た眠りと死とがサルペードーンの死体を自分の国に運び去ったということだ。さてパトロクロスは、平原の向こうまでトロイア軍を追わずに、船からトロイア軍を追い払ったら戻るようにアキレウスが言っていたのを忘れていた。彼は疾駆して、行くところ殺しながら、トロイアの城壁の真下にまで来てしまった。パトロクロスは三度城壁を登ろうとしたが、三度とも落ちてしまった。

ヘクトールは戦車に乗って門口のところにいたが、従者に命じて馬に鞭をいれ戦場に向かった。大物小物を問わず誰にも攻撃をかけず、ただパトロクロスだけをまっすぐ追いかけた。パトロクロスは立ち上がって重い石をヘクトールに投げつけたが、ヘクトールをはずれて、馭者を殺した。そこでパトロクロスは馭者に跳び乗ってその武具を矧ぎ取ろうとしたが、ヘクトールが死体の上に立ち、その頭をしっかりつかんだ。一方ではパトロクロスが足をもって引っ張った。槍や矢が倒れた男のまわりに雨あられと降ってきた。ついに、夕暮れが近づきギリシア軍は死んだ馭者を戦場から引っ張りだした。そしてパトロクロス三度トロイア軍のまっただ中に突撃した。だが戦ううちにアキレウスの兜はゆるんで、パトロクロスの頭から落ちてしまった。パトロクロスは背後から傷を受け、ヘクトールは正面から彼の体を槍で貫き通した。最後の息でパトロクロスは予言した。「ヘクトールよ、汝の傍らにも死が立っている。高貴なアキレウスの手にかかって果てるだろう。」と。そこでアウトメドーンは、アキレウスの最愛の友が殺されたという知らせをもって、駿馬を駆って戻って行った。

この大会戦の初めに、ユリシーズは負傷し、数日間戦うことができなかった。それで、これはユリシーズについての物語なのだから、アキレウスがパトロクロスの仇討ちに戦いに戻り、ヘクトールを殺したことについては、とても簡単に話しておくしかなかろう。パトロクロスが倒れたとき、ヘクトールは、神々がペレーウスに与えペーレウスがその息子アキレウスに与えた武具を奪った。この武具は、トロイア軍をおびえさせるよう、アキレウスがパトロクロスに貸し与えものだったのだ。槍のとどかぬところに退いて、ヘクトールは自分の武具を脱ぎ、アキレウスの武具を着けた。そしてギリシア軍とトロイア軍はパトロクロスの死体をめぐって戦った。そのとき主神ゼウスは下界を見て、ヘクトールは戦場から彼の妻アンドロマケーのもとに戻ることはかなわないと言った。だがヘクトールはパトロクロスの死体をめぐる戦いに戻ったが、ここでは優れた男たちは皆戦っており、パトロクロスの戦車を駆っていたアウトメドーンさえもが戦っていた。さてトロイア軍が優勢に思われた時、ギリシア軍はネストールの息子アンティロコスを送って、アキレウスにその友人が殺されたことを伝えようとした。アンティロコスは走り、アイアースとその兄弟がパトロクロスの死体を船のところに運ばんとするギリシア軍を護った。

アンティロコスはすばやくアキレウスのところへ走って来て、言った。「パトロクロスは倒れ、皆がその裸の遺体をめぐって戦っている。というのもヘクトールが彼の武具を奪ったがゆえ。」と。するとアキレウスは一言もものを言わず、自分の小屋の床に倒れ、黄色い髪に黒い灰を振りかけた。悲しみのあまり、短剣で自分の喉をかっ切るのではないかと恐れて、アンティロコスが彼の手をつかむまで、そうしていた。アキレウスの母テティスが彼を慰めるため海から現れたが、アキレウスは、自分の友達を殺したヘクトールを殺すことができないのなら死んでいまいたいと言った。それでテティスは彼に言った。武具なしには戦えないし、今は彼にはまったく武具はない。だが武具づくりの神のところへ行き、誰も見たこともないような盾と兜と胸当てを持ってこようと。

パトロクロスの死体をめぐって戦いが荒れ狂っている間、パトロクロスは船のそばで血と埃にまみれ、あちらこちらと引きずられ、裂け傷ついた。その光景はアキレウスには耐えられないものだった。けれど母親は、石や矢や槍が雨霰と飛んでくる戦闘に、武具を着けずに加わらないようにと警告していた。それにアキレウスはとても背が高く肩幅も広かったので、他の者の武具ははいらなかった。そこで彼は武具を着けないまま堀に降りたが、堀よりも高かったので、赤い夕陽に照らされて、その金髪から火が吹いているように見えた。それは、島の町が夜襲をうけて、近隣の者達が自分たちを見て他の島から助けにくるように烽火を灯したとき、暗い夜空に燃え上がる烽火の炎のようだった。アキレウスはそこに火の輝きにつつまれて立ち、大声で叫んだ。それは包囲された町の城壁を攻撃しに襲いかかるとき鳴らされる喇叭のように、よく通った。三度アキレウスは大声で叫び、三度トロイアの馬は恐ろしさに震え上がり、猛攻撃から引き返し、三度トロイアの男たちは恐怖で混乱し動揺した。それでギリシア軍はパトロクロスの死体を塵と矢のなかから引っ張りだし、棺によこたえた。アキレウスは泣きながら、その後をついて行った。なぜというに、彼が友達を戦車と馬とともに送り出したのに、再び戻ったときもう二度と友を出迎えることはなかったのだから。こうして日は沈み、夜となった。

さて、一人のトロイア兵がヘクトールにトロイアの城壁に中に退いて欲しいと言った。というのは翌日にはアキレウスがまっ先に戦場に出てくるのは確かだったのだ。だがヘクトールは「お前は城壁の陰で戸締りしておけば充分なのか?アキレウスは戦わせておけ。私は広野で彼と対戦しよう。」と言った。トロイア軍は元気づき、平原で野営した。一方、アキレウスの小屋では女たちがパトロクロスの遺体を洗い、アキレウスはヘクトールを殺そうと誓った。

暁に、テティスはアキレウスに、神が彼のために作った新しいりっぱな武具を持って来た。それでアキレウスは武具を着け、部下を呼び起こした。だがユリシーズは、名誉の定めを知りつくしていたので、犠牲やその他の儀式で、アキレウスとアガメムノーンの間に和睦が整うまでは、そしてアガメムノーンがアキレウスに以前彼が拒否した贈物をすべて与えるまでは、アキレウスに戦わせなかった。アキレウスはそんなものは欲しくはなかった。ただ戦いたいだけだった。しかしユリシーズは彼に従わせ、型どおりのことをした。それから贈物が運ばれ、アガメムノーンは立ち上がって、尊大な振舞いを詫びた。そして皆朝食を摂ったが、アキレウスは食べも飲みもしなかった。アキレウスは戦車に乗ったが、馬のクサントスは長いたてがみが地面につくほど首を曲げた。この馬は神仙の馬で西風の子供であるとこの馬は語っていた(あるいはそう言われていた)が、馬が言ったことは次のことだった。「我らはお前を素早く全速力で運ぼう。だがお前は戦いで殺されるだろう。お前の死ぬ日も間近いぞ。」「よくわかっている。」とアキレウスは言った。「だが、私はトロイア軍に戦争というものをたっぷりと思い知らせてやるまで、戦うのを止めはしない。」

そうして一日中アキレウスはトロイア軍を追いまわしては殺したのだ。彼はトロイア軍を川へと追い込み、川は赤い血に染まって流れたけれど、彼は川を渡り、平原でもトロイア軍を殺した。平原には火がつき、彼のまわりでは潅木や背の高い乾いた草が燃え上がったが、アキレウスは進路を切り開き、トロイア軍を城壁へと追った。城門は開かれ、トロイア軍は驚いた子鹿のように城内になだれ込んだ。それから胸壁付きの屋根に登って、安全に下を見下ろした。一方ではギリシア軍全軍が盾の下で一列で前進していた。

だがヘクトールは門の前に一人じっと立っていたが、年老いたプリアモスは、アキレウスが新しい武具をつけて星のように輝きながら突撃するのを見て、涙ながらにヘクトールに呼びかけた。「門の中にはいれ。この男は我が息子を数多く殺してきた。もしお前が殺されたら、誰がこの老いた私を助けてくれるというのか。」母親も彼に呼びかけたが、ヘクトールはじっと立ちつくし、アキレウスを待っていた。さて物語によれば、ヘクトールは恐くなって、アキレウスに追いかけられながら、完全装備の武具をつけてトロイアのまわりを三度逃げたということだ。だが、こんなことは本当ではありえない。なんとなれば命にかぎりある人間が重い武具をつけて、踝にぶつかる大盾をもって、トロイアの町のまわりを三度も走れるわけがなかろう。ましてヘクトールはもっとも勇敢な男だし、トロイアの女が皆城壁から彼を見下ろしていたのだ。

私たちはヘクトールが逃げたとは信じることができない。物語は続けて、ヘクトールがアキレウスに取り決めをしてくれるよう頼んだと語っている。戦いの勝者は倒れた者の死体を、友人が埋葬するよう返さなければならないが、その武具はとってよいという取り決めだ。だがアキレウスはヘクトールとはどんな取り決めもしないと言って、槍を投げたが、ヘクトールの肩の上を飛んでいった。次にヘクトールが槍を投げたが、神がアキレウスのために作った盾には全く刺さらなかった。ヘクトールにはもう槍がなかったが、アキレウスにはもう1本槍があった。そこでヘクトールは「私を名誉なきまま死なすな!」と叫んで、剣を抜き、アキレウスに突進したが、アキレウスはヘクトールに跳びかかった。だがヘクトールが剣がとどくところまで来るまえに、アキレウスは槍を突き、それはヘクトールの首を貫いた。ヘクトールは塵のなかに倒れ、アキレウスは「犬と鳥が埋葬されぬ汝の肉を引き裂くがいい。」と言った。ヘクトールは今際の息で、どうかプリアモスから金を受け取って、トロイアで埋葬されるよう自分の死体を戻して欲しいと懇願した。だがアキレウスは「犬め!私が汝を切り刻も、その生肉を食ってやりたいくらいだ。だが犬にむさぼり食われるがよい。たとえ汝の父親が汝の目方と同じ金をやると言ったとしてもな。」と言った。最期の言葉とともにヘクトールは予言して言った。「パリスがスカイアイ門でお前を殺す日に、私を思い出すがいい。」こうしてヘクトールの勇敢な魂は死の神の国へと去った。この死の神をギリシア人はハーデースと呼ぶんだ。その国へはユリシーズは生きているままで航海したが、その話はもっと後で話そう。

それからアキレウスは恐ろしいことをした。ヘクトールの足を踵から踝まで細く切り、皮紐を差し込んで、ヘクトールを皮紐で彼の戦車に縛り付け、死体を塵のなかで引きまわした。城壁の上にいるトロイア中の女が悲鳴をあげ、ヘクトールの妻、アンドロマケーはその音を聞きつけた。彼女は家の奥の部屋にいて、紫の織物を織り、それに花を刺繍しており、小間使いを呼んで、戦いから疲れて戻って来るヘクトールのために風呂の準備をさせていたところだった。だが城壁からの叫び声が聞こえたとき、彼女は身ぶるいし、織るのに使っていた梭を取り落とした。「確かに姑の叫び声が聞こえた。」と彼女は言った。そして2人の小間使いに、なぜ人々が嘆いているのか見て来るように命じた。

彼女は急いで走り、胸壁付きの屋根に着いて、そこから愛しい夫の死体が、アキレウスの戦車の後ろに、塵の中を船の方へと疾走してくのを見た。それから目の前が暗くなり、気を失った。でも気がつくと、今では誰も彼女の小さな子供を護ってやらず、他の子供が「あっちへ行け。お前の父さんはこの卓にはいない。」と言いながらその子をご馳走のところから押し退けるようになること、そしてその子の父のヘクトールは船のところに裸で横たわり、衣服もつけず、焼かれもせず、悲しんでくれる者もないことを大声で嘆いた。焼かれず埋葬されないことは、最大の不幸だと考えられていたのだ。なぜなら焼かれていない死者は死の神ハーデースの館に入れず、死者と生者の間の暗い境の地を一人ぼっちで慰めもなく永遠に彷徨わなければならないのだから。

アキレウスの残虐行為とヘクトールの身請け

夜、アキレウスが寝ていると、パトロクロスの亡霊が現れて言った。「なんで私を焼いて埋葬しないのか?他の死者の影が側によるなと私を苦しめ、私は一人ぼっちでハーデースの暗い舘のまわりをさまよっているのだ。」そこでアキレウスは目が覚め、人をやって木を切り倒させ、小枝の束と丸太で大きな薪の山を作らせた。その上にパトロクロスをよこたえ、白い亜麻布で覆って、それからたくさん牛を殺し、アキレウスは、パトロクロスの名誉のため彼と一緒に焼くつもりで、十二人のトロイアの戦争捕虜の喉を切り裂いた。これは不面目な行ないだが、アキレウスは友の死の悲しみと怒りで常軌を逸していたのだ。それから三十ヤード[二十七m]の長さと幅の大きな薪の山に葡萄酒を注ぎ、火をつけた。火は一晩中燃えさかって、朝には消えた。みんなはパトロクロスの白い骨を棺にいれ、アキレウスの小屋に置いた。アキレウスは、自分が死んだら、死体を焼き、その灰を友達の灰と混ぜ、その上に石室を建て、石室を土の墳丘で覆い、その上に石の柱を立てるように言った。これはトロイアの平原の丘の一つだが、柱はずっと昔に墓から倒れ落ちてしまっている。

それから、習わし通りに、アキレウスは戦車競走、徒歩競走、ボクシング、レスリング、弓術などのパトロクロスを讃える競技会を催した。ユリシーズは徒歩競走とレスリングで賞をとった。だからその頃には傷が癒えていたにちがいない。

だがアキレウスは、パトロクロスの墓として積み上げられていた丘のまわりを毎日、ヘクトールの死体を引きずり回し続けた。それは天上の神々が怒り、テティスに命じてその息子にプリアモスに死体を返し、身請金をもらうように言わせるまで続いた。それから神々はプリアモスに使者を送って、彼の息子の死体を身請けするように命じた。プリアモスはアキレウスのところへ行き彼の前に平伏するのが恐かった。アキレウスの手は自分の息子の血で真っ赤に染まったのだ。けれどプリアモスは神々に背かなかった。彼は金庫を開け、二十四着の美しい刺繍を施した着替えを取り出し、十本の重たい金の延べ棒または金貨の重さを計り、美しい金杯を選んだ。そしてパリス、ヘレノス、デーイポボス他の九人の息子たちを呼んで「行け。お前たち不肖の息子、我が恥よ。ヘクトールが生きて、お前たちが全部死ねばよかったのじゃ。」こう言ったのは悲しみで怒り狂っていたからなのだ。「行って荷車を用意し、それにこの宝を積み込め。」そうして荷車に騾馬を付け、荷車に宝を乗せ、祈りを捧げた後、プリアモスは夜通しアキレウスの小屋へと駆けたのだ。行って、誰も見ていないときに、アキレウスにひざまづいて、その恐ろしい死をもたらす手に口づけた。「私を哀れみ、神々を畏れたまえ。そうして死んだ我が子を返したまえ。」と彼は言った。「そして父上のことを思い出され、私を哀れみたまえ。かって誰もなさなかったこと、我が子を殺した手に口づけをすることにたえている私を。」

そこでアキレウスは遠く離れている、今では年老いて弱ってきた自分の父親を思い出した。そしてアキレウスは泣き、プリアモスも彼と一緒に泣いた。それからアキレウスはひざまづくプリアモスを立ち上がらせ、プリアモスが老年でもまだどんなに美しいか褒め讃えて、やさしく話しかけた。プリアモス自身もアキレウスの美しさに驚いていた。アキレウスは、プリアモスが自分の父親のペーレウスと同じように長い間富み幸せだったのに、今では二人とも老年と衰弱と悲しみとがのしかかっているのだと思った。なぜなら、アキレウスは自分の死ぬ日が間近にせまり、もう戸口にきているとさえいえる程だということがわかっていたのだ。そこでアキレウスは女たちに言いつけて、ヘクトールの遺骸に埋葬の支度をさせ、女たちはヘクトールに、プリアモスが持ってきた白い外套を着せ、荷車に乗せた。それから夕食が用意され、プリアモスとアキレウスは一緒に食べて飲んだ。女たちはプリアモスのために寝床を広げたが、プリアモスは長くは留まるつもりはなく、アキレウスが寝ているうちにこっそりトロイアに戻って行った。

女たちは皆プリアモスを出迎えて、ヘクトールを悼んだ。女たちは遺骸をアンドロマケーの家に運び、ベッドの上に横たえた。そして女たちはそのまわりに集まって、かわるがわる偉大な死んだ戦士に歌を歌いかけた。ヘクトールの母はヘクトールとその妻のことを嘆き悲しんだ。美しい手のヘレネーは、暗い色の喪服を着て、白い腕を伸ばして言った。「ヘクトールよ。パリスが私をここに連れてきてから、トロイアの同胞のなかであなたが一番いとおしかった。この日が来る前に死ねばよかった!これで私が来てから二十年目となるが、この二十年の間あなたから一度たりとも辛辣で不親切な言葉を聞いたことがなかった。他の人達は私を非難したのに。あなたの姉妹やあなたの母上も。というのもあなたの父上が我が父のように私によくして下さったから。でもそのとき、あなたは、心からの好意とやさしい言葉で、悪く言う者達を制止して下さった。ああ、あなたのことが悲しい。我が身も悲しい。だれもが私のことを身震いするほどいやがっている。今ではトロイアの国広しといえど、あなたのような友達は誰もいないのだから。我が兄弟にして我が友よ!」

そんなふうにヘレネーは嘆いたが、今や人のなすことはすべてなされた。大きな薪の山が築かれ、ヘクトールは焼かれた。そしてその灰は金の骨壷に入れられて、空洞のある丘の中の暗い石室に置かれた。

どうやってユリシーズはトロイアの幸運の宝を盗んだか

ヘクトールが埋葬された後、戦争の最初の九年間と同じように、包囲はゆっくりしたものになった。その時代のギリシア人は、見てきたように、塹壕を掘ったり、塔を作ったり、重い石を投げつける機械で城壁をうち壊したりといった方法を使った都市の包囲のやり方を知らなかった。トロイア軍は落胆し、平原に出てこようとはしなくなり、同盟国からの新たな援軍、はるか彼方の国の女戦士であるアマゾーンと、輝く暁の神の息子メムノーンを王とするキターという東方の種族の到来を待ち望んでいた。

さて、皆が知ってるように、トロイアのパラス・アテーナー女神の神殿には、天から降ってきた聖なる像があって、パラディオンと呼ばれていた。このとても古い像がトロイアの幸運の宝だった。この像が神殿に安置されている間は、トロイアは決して陥落しないと信じられていた。この像は町の真中の警護された神殿にあり、女司祭たちが昼も夜も見張っているので、ギリシア兵がこっそり町にもぐり込み、幸運の宝を盗みさることなどできるわけがないと思われていた。

ユリシーズは盗みの達人アウトリュコスの孫だから、この老人がギリシア軍にいたらよかったのにと、よく思ったものだ。盗みたいものがあれば、アウトリュコスが盗めただろうから。だがこのときにはアウトリュコスは死んでおり、それでユリシーズはトロイアの幸運の宝を盗む方法に頭を悩ませ、祖父ならどんなふうにやったかといぶかしむばかりだった。ユリシーズは盗みの神、ヘルメースに山羊を犠にささげ、こっそりと力添えを祈った。そしてついに計略を思い付いたのだ。

デーロス島の王アニオスの物語があって、それによるとアニオスにはオイノー、スペルモー、エライスという名の三人の娘がいた。オイノーは水を葡萄酒に、スペルモーは石をパンに、エライスは泥をオリーブ油に変えることができた。この不思議な力は、酒の神ディオニューソスと穀物の神デーメーテールが娘たちに与えたとされているのだ。さて、穀物と葡萄酒とオリーブ油はギリシア人にはとても必要だったのだが、それを供給するフェニキア商人に金や青銅をこれ以上払うのはもういやになっていた。それである日ユリシーズはアガメムノーンのところに行って、船に乗ってデーロス島に行き、もし三人の娘が本当にその魔力が使えるのなら、できれば野営地に連れて来るの認めて欲しいと頼んだ。戦闘は全然進まないので、アガメムノーンはユリシーズに出発してよいという許可を出した。そこでユリシーズはイタケー島の五十人の乗組員と一緒に船に乗り、一ヵ月のうちに戻ると約束して、船出して行った。

それから二、三日後、汚い年老いた乞食がギリシア軍の野営地に見られるようになった。この乞食はある晩遅くにうろついていたが、汚い上っ張と、穴だらけで煙で汚れたとても汚い外套を着ていた。その上から半分毛の抜け落ちた牡鹿の皮をひっ被り、杖を持ち、食べ物をいれる汚らしいぼろぼろのずだ袋を首から紐でぶら下げていた。乞食はディオメーデースの小屋にやってきて、卑屈に身をかがめて笑いかけ、戸口に入ってすぐのところに座り込んだ。その場所で乞食はずっと東の方を向いて座ったままだった。ディオメーデースは乞食を見て、一塊のパンと二つかみの肉をやった。乞食はそれを足の間のずだ袋に入れ、それからがつがつと夕食を食べ、犬のように骨をしゃぶった。

夕食の後でディオメーデースは乞食に、お前は誰で、どこから来たのかと尋ねた。そこで乞食は、クレータの海賊だったこと、エジプトで略奪をしていたとき、捕虜となったこと、エジプトの石切り場で何年もの間働かされ、そこで真っ黒に日焼けしたこと、大きな石の陰にかくれて脱走し、海岸に神殿を建てるための筏にのってナイル川を下ったことなど長い物語を語った。筏は夜に着き、暗闇にまぎれてしのびだし、港でフェニキアの船を見つけ、フェニキア人は船に乗せてくれたが、それはどこかで彼を奴隷に売り飛ばすということだった。でも嵐が来て船はトロイア近くのテネドス島の沖で難破し、乞食だけが船の板材に乗って島へと脱出した。テネドス島からトロイアへは漁師の船で来たが、野営地で何か役に立ち、クレータ行きの船が見つかるまで、身と心をなんとかしのげるだけの稼ぎを得ることができるという希望を抱いてのことだった。

乞食の物語はかなり面白く、エジプト人が猫や牡牛を拝み、一事が万事ギリシア人とは正反対のことをするといったエジプト人の奇妙な風習を語って聞かせた。そこでディオメーデースはこの乞食に敷き物と毛布を渡して小屋のポーチコで眠らせた。次の日、この年老いた恥じ知らずは野営地中を物乞いしてまわり、兵士達に話し掛けた。さて、この男は、あつかましく、うるさい、年よりの無頼漢で、いつも喧嘩ばかりしていた。どこかの王侯の父親や祖父の不愉快な話があれば、それを聞きつけ、話すので、アガメムノーンの司令杖で打たれ、アイアースには蹴られ、イードメネウスからは彼の祖父の話をしたために、槍のこじりで殴られ、誰もがこの乞食を憎み、厄介者と呼んだんだ。彼は遠く離れているユリシーズのことをずっと嘲り、アウトリュコスの話をしてまわった。そしてついにはネストールの小屋から二つの把手があり、それぞれの把手には鳩がとまっている金の杯、それもとても大きな杯を盗み出した。この老将軍はこの杯がお気に入りで、故郷から持って来たのだ。この杯が乞食のきたないずだ袋から見つかったとき、みんなは奴を野営地から追い出して、とことん打ちのめさなくてはならぬと叫んだ。そこでネストールの息子の若いトラシュメーデースは他の若者といっしょに、嘲笑したり叫んだりしながら、乞食を押したり引きずったりしてトロイアのスカイアイ門のそばまで来た。そこでトラシュメーデースは大声で呼びかけた。「おおいトロイア人よ。われらはこの恥じ知らずの乞食に悩まされている。まずこいつをとことん打ちのめし、戻ってきたら、目をえぐり、手と足を切り落とし、こいつを犬の餌にしようと思う。もしこいつがそうしたければ、お前たちのところに行くかもしれない。さもなくば、さまよった挙げ句に餓死するだろうよ。」

トロイアの若者たちはこれを聞いて、大笑いし、乞食が罰せられるのを見ようと、城壁の上にひしめいた。そこでトラシュメーデースは乞食を弓の弦でつかれるまで打ちのめした。それで乞食を打つのを止めたわけではなくて、乞食が泣きわめくのやめ、倒れて、血まみれでじっと横たわるまで、打ち続けたんだ。その後、トラシュメーデースは乞食に別れの一蹴りを喰らわせて、友達と一緒に立ち去った。乞食はしばらく静かに横たわっていたが、やがて身動きしはじめ、起き直ると、目の涙をぬぐい、ギリシア軍に向かって呪詛と悪罵を叫び、奴等が背中を槍で突かれて、犬に食われてしまうよう祈った。

やっと乞食は立ち上がろうとしたが、また倒れてしまい、四つん這いでスカイアイ門に向かって這いはじめた。乞食は門の両壁の間にすわり、泣きながら嘆き悲しんだ。さて美しい手のヘレネーは門塔から下りて来たが、獣よりひどい仕打をうけた人をみて気の毒に思い、乞食に話しかけ、なぜこんな酷い目にあわされたか尋ねた。

最初、乞食はうめき声をあげるだけで、痛むところをさすっていたが、やっと自分が不幸な男で、難破し、故郷へ帰る道を捜し求めていたところ、ギリシア軍にトロイア軍が送り込んだスパイと疑われたのだと言った。ところで、その乞食はヘレネーの故郷ラケダイモーンにいたことがあり、もし彼女が思った通り美しいヘレネーなら、父親のこと、兄弟のカストールとポリュデウケースのこと、小さな娘のヘルミオネーのことを教えることができるといった。

「でも、おそらくは」と乞食は言った。「あなた様は人間の女ではなく、トロイア人に味方する女神でしょう。もし本当にあなた様が女神ならば、美しさや背恰好、姿のよさから、私はあなた様をアフロディーテーになぞらえましょう。」するとヘレネーはすすり泣いた。なぜなら、彼女はもう何年も、父や娘や兄弟の声を聞いていないからなのだ。この兄弟は死んでいたが、ヘレネーはそのことを知らなかった。それからヘレネーは白い手を乞食にさしのべ、足元にひざまずいていた乞食を立ち上がらせた。そしてプリアモス王の宮殿の庭の中の自分の家について来るように言った。

ヘレネーは、傍らに小間使いをつれて、前方を歩き、乞食はその後をのろのろとついて行った。ヘレネーが家に入ってみると、パリスは留守だった。そこで風呂にお湯をいれるように命じ、新しい服を持って来させた。それから、ヘレネー自ら年老いた乞食を洗ってやり、油を塗ってやった。このことは、私たちにはとても不思議に思われる。なぜなら、ハンガリーの聖エリザベートはよく乞食を洗ってやり服を与えたというが、聖者でもないヘレネーがそんなことをするなんて、驚きではある。だがずっと後に、ヘレネーがユリシーズの息子テーレマコスに自分のことを話したことによると、彼の父親が乞食に身をやつし、ひどく打たれて、トロイアにやって来たときに、洗ってやったというのだ。

読者は、乞食はユリシーズで、船でデーロス島に行かずに、ボートでこっそり戻って来て、身をやつしてギリシア軍の中に現れたのだ、と思っていることだろう。彼がこんなことをしたのは、誰にもユリシーズだとわからないことを確かめるためだったし、トロイア人にギリシア軍のスパイと疑われず、むしろ哀れんでもらえるように、打ちのめされて当然の振る舞いをしたのだ。確かに彼は「辛抱強いユリシーズ」という名前だけのことはある。

そうこうするうち彼は浴槽にすわり、ヘレネーは彼の足を洗った。だが、彼女が洗い終り、傷にオリーブ・オイルを塗ってやり、それから彼に白いテュニカと紫の外套を着せた時、ヘレネーは驚いて唇を開いて叫びそうになった。というのはユリシーズだとわかったからだ。しかし、彼は「静かに!」と言いながら、ヘレネーの唇に指を置いた。それで、ヘレネーはユリシーズがどんなに大きな危険に身をさらしてるかということを思い起こした。なぜなら、もしトロイア人か彼を見つけたら、残忍な殺し方をするだろうから。そしてヘレネーは座り込み、震えながらすすり泣いたが、ユリシーズは彼女をじっと見ていた。

「ああ、変わったお方。」とヘレネーは言った。「なんて強い心臓、それに、はかりがたいほどの抜目のなさ!このように打たれ、辱めうけ、トロイアの城壁のなかに入り込むことに、どうやって耐えられたのか?そなたに都合よいことに、我が主パリスは、アマゾーンと呼ばれる処女戦士の女王ペンテシレイアを案内しに出かけて、家から遠く離れております。彼女はトロイア軍を助けに来る途中なので。」

そこでユリシーズは微笑み、ヘレネーは話してはいけないことを言ってしまい、トロイア軍の秘密の頼みの綱を洩らしてしまったことに気がついた。それでヘレネーはすすり泣いて言った。「ああなんて残酷で狡賢いのか。そなたは、ああ悲しいかな故郷の人々や愛しい夫や我が子を捨ててまで、私が一緒に暮らしている人々を裏切らせた。それで、あなたが生きてトロイアを脱れ出たら、ギリシア軍にこのことを教え、トロイアに来る途中でアマゾーンを夜に紛れて待ち伏せし、皆殺しにするでしょう。そなたと私がずっと昔友達でなかったならば、トロイア人にそなたがここにいることを教え、彼らはそなたの死骸を犬に食わせ、そなたの首を城壁の上の柵に括りつけるでしょうに。ああ生まれてきたことが恨めしい。」

ユリシーズは応えて言った。「そなたが言ったように、我ら二人は昔からの友。そしてギリシア軍がトロイアに侵入し、男たちを殺し、女たちを捕虜として連れ去る最後のときまで、私はそなたの友だ。私がそのときまで生きていれば、誰にもそなたに危害を加えさせず、安全に敬意をもって、そなたが裂けた丘の連なるラケダイモーンの宮殿に行けるようにしよう。さらに、天上のゼウスにかけて、また地下で偽りの誓いを立てた者の魂を罰するテミスにかけて、そなたが話したことは誰にも言わないと誓おう。」

こうして、ユリシーズが誓を立てると、ヘレネーは心が落ち着き、涙を拭いた。それで、ヘレネーは自分がどんなに不幸で、ヘクトールが死んだときには最後の慰めまでなくなったかを語った。「私はいつも哀れなもの。」と彼女は話した。「心地よい眠りにつているとき以外は。ところでトロイアに来る途中、エジプトにいたときのこと、エジプト王のトーンの奥方がこんな贈物をくださいました。これはつまり、どんな不幸な時でさえ眠りをもたらす薬で、眠りの神の花冠のケシの頭のところからしぼったものなのです。」そうしてヘレネーはその薬のつまった、金のかわった薬壷を見せた。それはエジプト人作った薬壷で、魔法の呪文と獣と花の模様でおおわれていた。「この薬壷のうちの一つを差し上げましょう。」とヘレネーは言った。「さもなければ、ヘレネーの手ずからの記念の贈物もなく、そなたはトロイアの町から立ち去るでしょうから。」そこでユリシーズは金の薬壷をとり、心中ひそかに喜んだ。そしてヘレネーは彼の前に肉と葡萄酒を並べた。食べて飲み、元気が回復すると、ユリシーズは次のように言った。

「さて、私はまた古いぼろ着を着て、ずだ袋と杖を持ち、外へ出て、トロイアの町を物乞いしなければならない。というのは、今、私が夜のうちにそなたの家から抜け出したら、トロイア人は、そなたが連中の評議の秘密を私に教え、私はそれをギリシア軍に報せにいったと思い、そなたのことを怒るかもしれないから、そうならないにように、数日は乞食としてここにとどまらなくてはならぬ。」それでユリシーズはまた乞食の身なりをして、杖をもち、エジプト人の薬のはいった金の薬壷をぼろの中に隠し、ヘレネーのくれた新しい服と剣をずだ袋にいれて、いとまごいをして、「じきにそなたの悲しみは終るから、元気をお出しなさい。それで、もし通りや井戸のそばで乞食のなかに私を見かけても、私を気に留めぬように。私は女王様に親切にもてなされた乞食として、そなたに会釈をするだけだ。」

そうして、二人はわかれ、ユリシーズは外へ出ていった。ユリシーズは昼には通りで乞食たちと一緒にいて、夜になると鍛治屋の炉の火のそばで眠った。そうするのが乞食のやり方だったのだ。そうして、ユリシーズは数日の間物乞いをしながら、平穏に暮らせる遠くの町に歩いて行く間の食糧を集めており、そこで仕事をみつけるつもりだと言った。今では彼は厚かましくはなかった。金持ちの家に行ったり、不快な話をしたり、大声であざ笑ったりせず、しょっちゅう神殿に行っては、神に祈った。とりわけパラス・アテーネーの神殿にはよく行った。トロイア人は彼は乞食にしては信心深い男だと思った。

さてこの時代には、病気や悩みを抱えた男女は、夜神殿の床で眠るという風習があった。どうやったら病が癒されるか、どうやったら見失った道が見つかり、あるいは悩みから抜け出せるかを示す夢を、神様がみせてくれるかもしれないという望みを抱いて、こんなことをしたのだ。

ユリシーズはいくつかの神殿で眠ったし、パラス・アテーネーの神殿でも一度眠った。司祭や女司祭は彼に親切で、神殿の門が開く朝には、食べ物を恵んでくれた。

パラス・アテーネーの神殿には、トロイアの幸運の宝がいつもその祭壇の上に置かれていたが、女司祭が夜通し二時間毎に見回り、呼べば聞こえるところで兵士が警固する習慣だった。そこである夜、ユリシーズは神様が見せる夢をもとめる他の悩める人々と一緒に、その神殿の床で眠った。彼は最後の女司祭が見回る番になるまで、夜通しじっと横たわっていた。女司祭は手に松明をもち、女神への賛美歌を低く唱いながら、悩める人々の間を行き来したものだ。そこでユリシーズは、女司祭が後ろをむいたときに、ぼろ着のなかから金の薬壷をこっそり取り出し、自分の傍らの磨きあげた床に置いた。女司祭が戻って来ると、その松明の光がきらめく薬壷を照らした。そこで女司祭は立ち止まり、薬壷を拾い、興味深そうにそれを見た。薬壷から甘い香りがして、女司祭は薬壷を開けて、薬をなめた。それはこれまで味わった事がない程甘いものに感じられた。それで彼女はもっと薬を摂り、それから薬壷を閉め、床に置くと、賛美歌を唱いながら行ってしまった。

しかしすぐに、ひどい眠気が女司祭を襲い、官女は祭壇の階段に座り込み、ぐっすり眠りこんだ。松明は手から落ち、消えて、あたりは闇となった。そこでユリシーズは薬壷をずだ袋にしまい、非常に用心しながら、暗闇のなかを祭壇に這って行き、トロイアの幸運の宝を盗んだ。それは、今では隕鉄と呼ばれる小さな黒い塊でしかなかった。これは隕石と一緒に時々空から降ってくるものだ。でもそれは盾のかたちをしていて、人々はそれを空から降ってきた戦争好きで盾で身を覆った女神の似姿だと思ったのだ。ガラスや象牙でできた、こうした聖なる盾は、ユリシーズの時代の廃虚となった都市の地中深くから見つかっている。急いでユリシーズは幸運の宝をぼろ着の中に隠し、黒い粘土でつくった幸運の宝の複製を祭壇に置いた。それからユリシーズは寝ていた場所に忍び足で戻り、暁になって、夢をもとめて眠っていた人たちが目覚めるまで、そこにいて、神殿の門が開くと、他の人たちと一緒に出て行った。

ユリシーズは小路をこっそり歩いたが、そこはまだ誰も起きていなかった。町の後の東門に着くまで、杖にすがりながらゆっくり歩いた。この門にはギリシア軍はまだ一度も攻撃をしたことがなかった。というのは、ギリシア軍はまだ一度も町をぐるりと取り囲んだことがなかったからなのだ。そこでユリシーズは番兵に、別の町までの長旅に十分もちこたえるだけの食べ物が集まったと説明して、袋を開けたが、パンや細切れの肉でいっぱいのように見えた。兵士は運のよい乞食だなと言って、ユリシーズを外に出してくれた。彼はイーデー山の森からトロイアへ材木を運び込む荷車道をゆっくり歩いて行った。そして見渡すところ誰もいないとわかると、森の中にそっと入り込み、深い闇に紛れ、もつれあう枝の下にかくれた。そこで横になり夜まで眠った。それから、ヘレネーがくれた新しい服をずだ袋から取り出して、それを着ると、肩に剣帯を着け、ふところにトロイアの幸運の宝を隠した。山の小川で体をきれいに洗ったが、それでもう誰が見ても、彼は乞食に見えず、ラーエルテースの息子、イタケーのユリシーズとわかったにちがいなかった。

そうしてユリシーズは、木々のなかを高い土手の間を深く流れてる小川のそばを用心しながら歩いていった。そしてギリシア軍の戦線の左のクサントス川に合流するまで、この川に沿って行った。ここでユリシーズは野営地を警備するために配置されていたギリシア軍の番兵をみつけた。番兵は喜び驚いて大声で叫んだ。というのは、ユリシーズの船はまだデーロス島から戻らず、みんなどうしてユリシーズだけが海の向うから戻って来ないのか測りかねていたのだ。そうして番兵のうち二人がアガメムノーンの小屋までユリシーズを護衛した。そこではアガメムノーンとアキレウス、将軍全員が宴会の席に座っていた。みんなはぱっと立ち上がったが、ユリシーズが外套からトロイアの幸運の宝を取り出すと、これはこの戦争で最も勇敢な行いだと叫んだ。それからゼウスに十頭の牡牛を犠に捧げた。

「じゃあ、貴殿が年寄りの乞食だったのだ。」と若いトラシュメーデースが言った。

「そうだ。」とユリシーズは言った。「それで次にそなたが乞食を打つときは、あんまり強く、あんまり長く叩かぬようにな。」

その夜、ギリシア軍はみんな希望に満ちていた。というのは、今ではトロイアの幸運の宝は彼らのものだったからだ。一方トロイア軍は落胆し、乞食が盗人で、ユリシーズが乞食だったのかと思い当たっていた。あの女司祭テアーノーは何も語らなかった。みんなは手から消えた松明をだらりと下げ、祭壇の階段に座り込んで眠っている彼女を見つけたが、彼女は二度と目覚めなかった。

アマゾーン族やメムノーンとの戦い--アキレウスの死

ユリシーズはヘレネーのことをたいしたものだと、しばしば思い起こした。ヘレネーが親切にしてくれなかったら、ユリシーズはトロイアの幸運の宝を盗み出して、ギリシア軍を救うことはできなかった。ヘレネーは王候たちが求婚した頃とかわらず美しいけれど、自分が多くの悲惨なことの原因だと知り、また将来何が起きるかと恐れて、非常に不幸だということが、ユリシーズにはわかった。アマゾーン族が来るという、ヘレネーがうっかり洩らした秘密のことは、ユリシーズは誰にも言わなかった。

アマゾーン族は好戦的な女の種族で、テルモードーン河の岸のはるかかなたに住んでいた。以前はトロイアと戦ったこともあり、トロイアの平原の大きな墳丘のひとつはアマゾーンの速足のミュリネーの遺灰をおおっているのだ。アマゾーン族は戦争の神の娘たちだと信じられていたし、戦闘では最も勇敢な男に等しいと考えられていた。その若い女王ペンテシレイアには、トロイアに戦いに来る理由が二つあった。ひとつは名声を勝ち得たいという野心であり、もうひとつは狩で誤って妹ヒッポリュテーを殺したことで、眠れない程哀しんでいたためなのだ。ペンテシレイアが牡鹿めがけて投げた槍はヒッポリュテーにあたり、殺してしまった。それでペンテシレイアはもう自分の生活にかまわず、戦いで華々しく倒れることを望んでいた。そこでペンテシレイアと護衛の十二人のアマゾーンはテルモードーンの広い流れから出発し、トロイアへと馬で乗り込んだのだ。物語では、彼女達はギリシアやトロイアの将軍たちのように戦車を駆ったのではなくて、馬に乗ってきたと言うことだ。きっとそれがアマゾーンの国の流儀だったのにちがいない。

ペンテシレイアはアマゾーン族のなかでも一番背が高く一番美しく、部下の十二人の乙女の中で輝いており、星の中の月のよう、あるいは明るい暁の女神がその戦車の車輪のあとにしたがえている時の神々の中にいるかのようだった。彼女を見てトロイア軍は喜んだ。というのは、彼女は眉をひそめ、美しく輝く目をして、頬を染めて、恐ろしいと同時に美しく見えたからだ。トロイア軍のところへ、彼女は嵐のあとに現れる虹の女神イーリスのようにやって来た。それでトロイア軍は彼女のまわりに集まって、歓呼し、花を投げ、鐙に口づけをした。それはジャンヌ・ダルクがオルレアンを救いにきたとき、オルレアンの人々が彼女を歓迎したのと同じであった。プリアモスでさえ、長い間目が見えなかったのに目が治ってもう一度日の光を見た男のように喜んだ。プリアモスは盛大な祝宴を開き、ペンテシレイアに金の杯、刺繍、銀の柄の剣といったたくさんの美しい贈物をした。それでペンテシレイアはアキレウスを殺してみせると誓った。だが、ヘクトールの妻アンドロマケーはそれを聞きつけ、内心でこう言った。「あゝ、不幸な女。それはお前の慢心というもの。お前にペーレウスの不屈の息子と戦う強さはない。だって、ヘクトールがアキレウスを殺せなかったのに、お前にどんな見込みがあるというの。ただお前の墓の積み上げた土がヘクトールを覆うだけ。」

朝になるとペンテシレイアは眠りから飛び起きると、すばらしい武具を着け、手に槍を持ち、脇に剣を付け、背中に弓と矢筒をさげ、脇を覆う大盾を首から吊し、馬に乗ると、早足で平原へと向かった。その傍らで、護衛の十二人の処女、それからヘクトールの兄弟や縁者全員が突撃した。この一団がトロイア軍の隊列を率い、ギリシア軍の船に向かって殺到した。

その時、ギリシア軍はお互いに尋ねあった。「ヘクトールが率いたように、トロイア軍を率いるのは誰なんだろう。まさかどこかの神が馭者の先頭にたって馬に乗っているのではあるまいな。」ユリシーズはトロイア軍の新しい指揮者が誰かはギリシア軍に教えていなかったが、女と戦おうという気にはならなかった。というのも、この日の戦いには彼の名が揚がっていないのだ。こうして双方の戦線はぶつかりあい、トロイアの平原は血で赤く染まった。それはペンテシレイアがモリオース、ペルシノース、エイリソッス、アンティパテース、高邁な心のレルノス、大きな鬨の声のヒッパルモス、ハエモニデース、力の強いエラシッポスを殺し、またその部下の乙女デリノエとクロニエもそれぞれギリシア軍の武将を殺したからなのだ。だがクロニエはポダルケースの槍に倒れ、ペンテシレイアはポダルケースの腕を切り落とした。その一方では、イードメネウスがアマゾーン族のブレモウサを槍で刺し、クレータのメーリオネースがエウアドレを殺し、ディオメーデースは剣で互角の戦いの末アルキビエーとデーリマケイアを殺した。こうしてペンテシレイアの護衛の十二人の一団はまばらとなっていった。

トロイア軍とギリシア軍は互いに殺しあったが、ペンテシレイアは部下の乙女たちの復讐をして、丘の上で牛の群を追い立てる雌獅子のごとく、ギリシア軍の隊列を追い立てていった。そうして彼女は叫んだ。「犬め!今日こそお前たちにプリアモスの悲しみの償をしてもらおう!お前たちのなかでもっとも勇敢と言われているディオメーデースはどこだ、アキレウスはどこなのだ、アイアースはどこにいるのだ。そやつらの誰も私の槍の前に立とうとはせぬのか。」それから彼女はプリアモスの一族、ヘクトールの兄弟縁者の先頭にたって、再び突撃した。彼らの行くところ、ギリシア軍は秋風の前の黄色く色づいた葉のように倒れた。ペンテシレイアが乗っている、北風の妻から贈られた白馬は、ギリシア軍の隊列の間を、暗雲を貫く雷光のようにひらめいた。そしてアマゾーンの突撃の後につづく戦車は戦死者の屍体を乗り越えるとき、揺れ動いた。そこで城壁から眺めていたトロイアの老人たちは叫んだ。「あれは人間の娘ではなくて、女神じゃ。今日、彼女はギリシア軍の船を焼き払い、ギリシア軍はトロイアの国で全員命を落し、二度と見ることもないだろう。」

さて、アイアースとアキレウスは戦いの物音や叫びを聞いていなかった。というのも二人ともパトロクロスの大きな新しい墓へ行って泣いていたからなのだ。ペンテシレイアとトロイア軍はギリシア軍を塹壕の内側にまで追い戻し、ギリシア軍は船の間のあちらこちらに身を潜めた。ヘクトールの武勲の日と同じように、トロイア兵の手には船を焼き払うため松明が燃えていた。そのときアイアースが戦いの物音を聞きつけ、急いで船の方へ戻るようアキレウスを呼んだのだ。

そこで二人は急いで小屋に走り、武具を着けた。アイアースはトロイア軍に打ちかかっては殺してまわり、一方アキレウスはペンテシレイアの護衛を五人殺した。ペンテシレイアは、部下の乙女が倒れるのを見ると、二羽の隼に立ち向かう鳩のように、まっすぐアイアースとアキレウスに向かって駆けて来て、槍を投げた。だが、槍は神がペーレウスの息子のために作った見事な盾にはねかえされて鈍って落ちた。そこでペンテシレイアはもう一本の槍をアイアースに投げ、「私は戦の神の娘だ。」と叫んだが、アイアースの武具に槍はささらなかった。そこでアイアースとアキレウスは大声をたてて笑った。アイアースはそれ以上はアマゾーンには注意を払わず、トロイア軍の兵にむかって突進していった。一方アキレウスは、自分しか投げることのできない重い槍を持ち上げ、ペンテシレイアの胸当てを貫いてその胸を突き刺した。それでもまだ彼女の手は剣の柄をつかんでいた。だが、剣を抜くより前に、アキレウスは彼女の馬を槍で刺したので、馬も乗り手も倒れ死んだ。

風に倒された高いポプラの木のように、美しいペンテシレイアは塵の中に倒れ、その兜はころがり落ちていた。そのまわりに集まったギリシア兵は、死んでいるペンテシレイアがあまりに美しいのを見て驚いた。それは丘の上で狩に疲れてひとり眠っている森の女神アルテミスのようだった。その時、アキレウスは彼女の命を助け、自分の国で妻にしたならどうであったかと考え、哀れみと悲しみで心がいっぱいになった。しかし、アキレウスはもう二度とその故国、心地よいプティーアを見ることはなかったのだ。こうしてアキレウスは立ちつくしてペンテシレイアの骸のうえに涙した。

さて、ギリシア軍は、哀れみと悲しみにつつまれて、攻撃を差し控え、逃げるトロイア軍を追跡しなかったし、またペンテシレイアとその部下の十二人の乙女から武具をはぎ取ることもせず、死骸を棺台に乗せ、平穏のうちにプリアモスのもとへ送り届けた。それから、トロイア人は大きく積み上げた乾いた薪の上で、死んだ乙女たちの真中にペンテシレイアを置いて焼いた。それからその灰を金の棺に納め、大昔のトロイアの王ラーオメドーンの大きな墳丘に埋葬した。一方、ギリシア軍は悲しみにくれながらアマゾーンに殺された者たちを埋葬した。

トロイアの古老と将軍はそこで会議を開いたが、プリアモスは、まだ絶望すべきではない、というのもトロイア軍が多くの勇者を失ったとはいえ、ギリシア軍も多くが戦死しているのだから、と言った。トロイア軍の最良の作戦は、メムノーン王がエティオピアの大軍を率いて救援に来るまで、城壁と塔から矢だけで戦うことだった。さてメムノーンは、命に限りある人間のティートーノスに恋をして結婚した美しい曙の女神の息子だった。彼女は恋人を不死にしてくれるよう神々の頭ゼウスに願い、その祈願はかなえられた。ティートーノスは死ぬことはなかったが、髪が灰色になりはじめ、やがて白髪となり長い白ひげが生え、非常に弱々しくなり、声を残すばかりとなり、いつも夏の日の飛蝗のようにかすかにしゃべるのだった。

メムノーンは、パリスとアキレウスをべつにすれば、一番美しい男だった。その故郷は日の昇る土地に堺を接した国だった。そこでメムノーンは十分強くなって、エティオピア全軍を指揮できるようになるまで、ヘスペリデスと呼ばれる百合の乙女たちに育てられた。プリアモスはメムノーンとエティオピア軍が到着するまで待ちたかったが、ポリュダマースは、トロイア人はヘレネーがメネラーオスの家から持ってきた宝石の二倍の価値の宝石を付けて、ヘレネーをギリシア人に返すべきだと助言した。するとパリスは非常に怒り、ポリュダマースは臆病者だと言った。というのも、パリスが一ヶ月でも美しい手のヘレネーを自分のものにできないなら、トロイアが占領され一ヶ月にわたって燃えようともパリスにとっては大したことではなかったのだ。

ようやくメムノーンが大軍を率いて到着したが、その故郷では太陽が強烈に照りつけるので、その軍隊の男達は歯以外に白いところなどなかった。トロイア軍は皆メムノーンに大いに期待した。というのも、日の昇る土地、そして丸く世界を取り囲むオーケアノスの河からの長旅の途中で、メムノーンはソリュモイ人の国を通らなければならなかったが、ソリュモイ人は獰猛な人たちで、メムノーンに立ち向かったのだが、メムノーンとその軍隊は丸一日戦ったあと、彼らを打ち破り、山へと追い込んだのだ。メムノーンが到着すると、プリアモスは、葡萄酒をなみなみと注いだ金の大杯を彼に与え、メムノーンは葡萄酒を一息で飲み干した。しかしメムノーンは、あわれなペンテシレイアとは違い、何ができるかを自慢することはなかった。「というのは」とメムノーンは言った。「私が戦に優れているかどうかは戦場でわかるというもの。そこで男の強さが試されるのですから。それでは寝かせてもらいましょう。というのは夜通し起きていて酒を飲むのは、戦の始め方としてはまずいことですから。」

そこでプリアモスはメムノーンの賢さを褒め、皆は彼らを寝床へと連れて行った。翌朝、明るい暁の女神はいやいや起き上がり、息子が命の危険を冒す戦場に光を投げかけた。それからメムノーンは部下達を暗い雲から平原へと連れ出した。ギリシア軍は着いたばかりで疲れていない戦士たちの新しい大軍を見て、悪い予感がした。しかし、アキレウスは輝かしい武具に身をつつんで彼らを率い、勇気を奮い立たせた。メムノーンはギリシア軍の左翼に襲いかかって、ネストールの配下を襲い、まずエレウトスを殺し、それからネストールの若い息子アンティロコスに攻めかかった。アンティロコスは、パトロクロスが倒れた今では、アキレウスの一番の親友だった。メムノーンは、子山羊にとびかかる獅子のように、アンティロコスにとびかかった。しかしアンティロコスは平原から大石を、大昔の偉大な戦士の墓に据えられていた柱を持ち上げ、石はメムノーンの兜にまともにぶつかり、メムノーンはその一撃でよろめいた。しかしメムノーンは自分の重い槍をつかみ、アンティロコスの盾と胴鎧を貫いて、その心臓まで突き刺した。アンティロコスは倒れ、父親の目の前で死んだ。それで大いに悲しみ怒ったネストールは、アンティロコスの骸をまたいで、もう一人の息子トラシュメーデースに呼びかけた。「こっちへきて、お前の兄弟を殺したこの男を追え。お前の心に恐れがあるのなら、お前は我が息子でもなければ、ペリクリュメノスの一族のものでもない。ペリクリュメノスは戦場で強者ヘーラクレースにさえ立ち向かった者なのだぞ。」

しかしメムノーンはトラシュメーデースには強すぎて、トラシュメーデースは追い払われた。その一方で老ネストールは手に剣を構えたが、メムノーンは立ち去れと言った。というのはメムノーンは年老いた者に撃ちかかる気はなかったからなのだ。それでネストールは年のせいで弱っていたので、退いた。それからメムノーンとその軍隊はギリシア軍に突撃し、殺しては死体から武具をはぎ取った。しかしネストールは戦車に乗って、アキレウスのところに行き、泣きながら、すぐに行ってアンティロコスの骸を取り戻してほしいと懇願した。それでアキレウスが急ぎメムノーンと対戦した。メムノーンは畑の目印の大きな石を持ち上げ、ペーレウスの息子の盾に投げつけた。しかしアキレウスはその一撃に怯むことなく、前へと走りでて、盾の縁でメムノーンを傷つけた。傷つきながらもメムノーンは戦いつづけ、槍でアキレウスの腕を刺した。というのはギリシア人は腕を保護する青銅の袖をつけずに戦っていたのだ。

そこでアキレウスは大剣を抜き、メムノーンにかけ寄った。そして剣を振り回して、互いに盾や兜を撃ち合い、長い馬毛の兜の前立ては短く切り落とされ、風が巻き起こり、剣の打撃で盾はすさまじい音をたてた。お互いに盾と兜の面頬の間で喉を突き、脛を打ち、胸を叩き、体中で武具は鳴り響き、足元では埃が舞い立ち、大河の流れ落ちる瀑のまわりの霧のように、まわりで雲となった。彼らはこんなふうに戦い、どちらも一歩もひけをとらなかったが、ついにアキレウスの加えた素早い一撃をメムノーンがかわせず、青銅の剣は胸骨の下でメムノーンの体を貫き通し、メムノーンは倒れた。倒れるとき、その武具は砕けた。

傷つき、失血して弱っていたアキレウスは、メムノーンの黄金の武具をはぎ取ろうと留まったりせず、鬨の声をあげると、押し進んだ。それは逃げるトロイア軍といっしょにトロイアの城門から入ろうと思ったからだ。そしてギリシア全軍が彼の後につづいた。こうしてギリシア軍は追撃し、殺しながら進んだ。そしてスカイアイ門は追い、追われる人の群でふさがっていた。まさにその時、ギリシア軍がトロイアに入城し、町を焼き払い、女たちを捕虜にするかに思われた。だがパリスが城門の上の塔にたち、胸のうちには兄ヘクトールの死にたいする怒りがこみ上げていた。パリスは弓の弦を試してみて、それが擦り切れているのに気がついた。それというのも、一日中ギリシア軍に矢を雨のようにあびせていたからなのだ。そこで新しい弦を選んで、それを合わせると、弓に張った。それから矢筒から矢を一本選ぶと、アキレウスの踵に狙いを定めた。そこは神がアキレウスに合わせて作ったすね当てあるいは金属の脚覆いの下にむきだしとなっていた。矢は踝を貫き、アキレウスは振り向き、力を失い、よろめいて倒れた。神の作った武具は埃と血にまみれた。

それからアキレウスはもう一度起き上がり、叫んだ。「彼方より隠した矢で私を射たのは、どの臆病者だ。前に出て剣と槍で私に立ち向かえ。」そう言うと、アキレウスは力強い手で矢の柄をつかみ、傷から引き抜いくと、たくさんの血か噴き出し、目の前が暗くなった。けれどアキレウスはよろよろと前に進み、やみくもに剣で突き刺し、兜を貫いてヘクトールの親友だったオリュタオンを殺し、その他にも何人か殺したが、もはや自分の力を失い、槍に寄りかかり、鬨の声をあげて、言った。「トロイアの臆病者たちよ。このとおり私は死にゆくが、お前たちは皆我が槍から逃れられないだろう。」しかし、そう言うとアキレウスは倒れ、その武具は彼のまわりで鳴り響いた。しかしトロイア人は離れたところに立って見ていた。狩人が自分に近寄って来そうにもない死にゆく獅子を眺めるのと同様に、アキレウスが最後の息を引き取るまで、おびえていた。そのあと城壁からトロイアの女たちが、気高いヘクトールを殺したアキレウスの死に歓びの声をあげた。こうしてアキレウスはスカイアイ門でパリスの手にかかって倒れるだろうという、ヘクトールの予言は成就した。

それからトロイア軍の精鋭がアキレウスの骸と光り輝く武具をとろうと城門から殺到してきた。だがギリシア軍はしかるべき埋葬をしようと、必死で船に遺骸を運ぼうとした。アキレウスの死骸のまわりで、長く激しい戦いが行われ、ギリシア軍とトロイア軍の双方が入り乱れたので、味方を殺さないように、トロイアの城壁からは誰も矢を射ようとはしなかった。パリスとアイネアースそれにサルペードーンの友人だったグラウコスがトロイア軍を率い、アイアースとユリシーズがギリシア軍を率いた。というのもアガメムノーンがこの大会戦で戦ったとは語られていないのだ。さて、怒った野性の蜜蜂が蜂の巣をとろうとする人間のまわりに群がるように、トロイア軍はアイアースのまわりに集まり、アイアースを刺そうと奮戦した。しかしアイアースは前に大盾を置き、槍の届く範囲に来るものをすべて刺し殺した。ユリシーズも多くを刺した。槍が飛んで来て膝のあたりの脚に突き刺さったが、しっかりと立ち、アキレウスの骸を守った。ついにユリシーズはアキレウスの死骸の手をつかみ、背中にのせると、足をひきずりながら船に向かった。アイアースとアイアースの部下は、トロイア軍が近寄ろうものならぐるりと向きを変え、その真中に突撃をくわえながら、ついていった。こうして彼らは倒れた者たちの死体と血をこえて、非常にゆっくり平原を横切って死んだアキレウスを運んで行った。戦車に乗ったネストールに出会うと、アキレウスを戦車にのせ、ネストールはたちまち船へと駆けて行った。

そこで女たちが泣きながら、アキレウスの美しい体を洗い、棺台に横たえて、白い外套で覆った。そして女たちは皆嘆き、喪葬の歌を歌った。一番嘆いたのはブリーセーイスだった。彼女は自分の故国よりも、父親よりも、アキレウスに殺された兄弟よりも、アキレウスを愛していた。ギリシアの王候たちも、遺骸のまわりに立ち、泣きながら黄色い髪の長い巻き毛を切り取り、悲しみの標とし死者への供物とした。

海からはアキレウスの母、銀の足のテティスが、不死の海の乙女を引き連れて、現れたということだ。彼女らは海の下のガラスの部屋から上がってきて、夏の日の波のように、たくさんの美しい海の乙女たちが動きまわって、その美しい歌声が岸辺にこだまし、ギリシア軍は恐怖に襲われた。それでギリシア軍は逃げようとしたが、ネストールが叫んだ。「じっとして、逃げるではないぞ、アカイア人の若き主たちよ。見よ、海から現れたのは、不死の海の乙女たちをつれたアキレウスの母上で、死んだ息子の顔を見ようとしておるのじゃ。」それから海のニンフは死んでいるアキレウスのまわりに立ち、神々の衣装、よい香りの衣服を着せ、九人のムーサイ全員が、互いに美しい声で応じああいながら、哀歌を歌い始めた。

次にギリシア人は乾いた薪の山を築き、そのうえにアキレウスをのせ、火をつけ、炎がその遺骸を焼き尽くして、白い灰だけが残った。この灰を大きな金杯に入れ、パトロクロスの灰と混ぜた。そして特に、そばを帆走するときにはいつも目にしてアキレウスのことを思い出すよう、海に突き出た岬に高く、丘のような墓を築いた。次にギリシア人はアキレウスを讃えて徒歩競走や戦車競走、その他の競技会を催し、テティスはすばらし賞品をだした。一番最後に、すべての競技が終ったとき、テティスは王候たちの前に、パトロクロスがヘクトールに殺された夜に、神がその息子のために作った輝かしい武具を置いた。「この武具をもっとも優れたギリシア人でアキレウスの骸をトロイア軍の手から救った者への褒美としよう。」とテティスは言った。

そこで一方にアイアースが、もう一方にはユリシーズが立ち上がった。というのは、この二人が遺骸を救いだしたのだし、どちらも自分の方が劣っているとは思っていなかったからなのだ。どちらも勇者のなかの勇者で、アイアースの方が背が高く力も強く、ヘクトールが武勲をたてた日、船べりでの戦いを支えたというのなら、ユリシーズはたった一人でトロイア軍に立ち向かい、傷を負った時でさえ治療を拒絶し、勇気と狡知でギリシア軍のためにトロイアの幸運の宝を勝ち取った。それだから老ネストールは立ち上がって言った。「今日は不運な日だ。ギリシア軍のもっとも優れた者がこの褒美をめぐって対立するのだから。勝者にならなかった者は心が沈み、まるで老人のように、戦場で我々の確固たる力にならず、したがってギリシア軍の大きな損失になるだろう。だれがこの問題に公正な判断が下せよう。というのは、アイアースが好きな者もいれば、ユリシーズのほうがよい者もいて、したがって我々に紛争が起こるだろうから。ほら、我々には友人が牛や金や銀や青銅や鉄で身代金を払うまで留め置かれているたくさんのトロイアの捕虜がいるだろう。この連中はみな一様にギリシア人を憎んでおり、アイアースもユリシーズも嫌っている。連中に判断させ、誰がギリシア軍でもっとも優れた者で、トロイア軍に一番損害を与えたかを決めよう。」

アガメムノーンはネストールの言っているのが賢明だと言った。トロイア兵たちはそこで、集会の真中に判定者として座り、アイアースとユリシーズがそれぞれ自分の偉業の物語を語った。その話は私たちはもう聞いて来た。アイアースは乱暴でぶしつけな話し方で、ユリシーズを臆病者で弱虫だと言った。「おそらくトロイアの諸君はわかっているだろう。」とユリシーズは静かに言った。「私がアイアースの言ったこと、つまり私が臆病者であると言われて当然なのかどうか。それに多分アイアースは憶えていることだろう。パトロクロスの葬儀のときに、賞品をかけてレスリングをやったとき、私が弱くないことがわかったはずだ。」

そこでトロイア兵たちは皆声を一つに、勇気の点でも軍略の技の点でもユリシーズがギリシア軍でもっとも優れた者、トロイア軍を恐れさせる者だと言った。この時、アイアースの血は頭に登り、友人が彼のところに来て小屋に連れて行くまで、黙ったまま身じろぎもせずに立ちつくし、一言も話すことができなかった。そしてアイアースはそこに座り込んで、食べも飲みもせず、そして夜が更けていった。

アイアースは長いこと座って、思いを巡らせていたが、やがて立ち上がり、武具をすっかり身に着けると、かつてヘクトールと儀礼ばった一騎打ちを戦かい、お互いに礼儀正しく別れを告げたときにヘクトールが贈った剣をつかんだ。そのときアイアースは黄金で造った幅広の剣帯をヘクトールに贈ったのだ。ヘクトールの贈物のこの剣をアイアースは持って、ユリシーズの小屋へ向かった。ユリシーズをばらばらに切り刻むつもりだったのだ。というのは、あまりの心痛にアイアースは狂気に襲われていたのだ。ユリシーズを殺そうと夜の闇の中を突進して、アイアースはギリシア軍が食肉用に飼っていた羊の群に襲いかかった。そうして羊の間を行ったり来たりして、夜が明けるまでやみくもに切りつけた。そして、我にかえると、アイアースは、ユリシーズに切りつけたのではなく、殺した羊の間の血の海に立っているのに気がついた。アイアースは自分の狂気の不名誉に耐えることができなかった。アイアースはヘクトールの贈った剣を、柄を地面にしっかり差し込んで固定し、少し戻ると、走ってそのうえに倒れ、剣はその心臓を貫いた。こうして大アイアースは死んだ。不名誉に生き長らえるより死を選んだのだ。

ユリシーズ、アキレウスの息子を探しに船出--エウリュピュロスの勲

アイアースが自刃して倒れ死んでいるのを見つけると、ギリシア人たちはとても悲しんだ。とりわけアイアースの兄弟と妻のテクメーッサは悲嘆にくれ、海岸中にその悲しみの声が響いた。だが誰よりも悲嘆にくれたのはユリシーズだった。彼は立ちつくして言った。「トロイアの息子どもがアキレウスの武具を私にとらさなければ良かったものを。ギリシア全軍にふりかかったこの痛手よりも、アイアースに褒美を与えたほうがどんなにましだったことか。誰も私を誹り、また怒り給うな。なぜというに、私は我が身を富まそうと富を求めたのではなく、ただ名誉を求め、来る時代に人々に覚えられる名声を得たかっただけなのだから。」そうして彼らはアキレウスのことを嘆いたと同じくらいアイアースのことを悲嘆しながら、大きな焚火をたいて、アイアースの死骸を焼いた。

さて、ギリシア軍はトロイアの幸運の宝を得、アマゾーン族とメムノーン軍を打ち負かしたのに、前よりトロイア占領に近づいたようには見えなかった。ギリシア軍はなるほどヘクトールを殺し、その他多くのトロイア兵を屠ってはきたが、ペンテシレイアとメムノーンに殺された王侯たちととともに、偉大なアキレウスやアイアース、パトロクロス、アンティロコスを失い、大将の死んだ兵団は戦いに倦み、故郷へ戻ることを熱望した。大将たちは会合を開いたが、メネラーオスは立ち上がって、己がためにトロイアへと船出した勇者たちがかくも多きに死んだ悲しみで心は萎えていると言った。「この軍勢をそろえる前に、我が上に死の来たらばよかったものを。さあ、残りし我ら、速き船を浮かべ、互いに故国へと戻ろうではないか。」

彼はこのように語って、ギリシア人を試し、その勇気がどれほどのものか知ろうとした。というのも、彼の望みはトロイアの町を焼き尽くし、パリスをその手で殺すことにあったのだから。次いでディオメーデースが立ち上がり、ギリシア人は決して臆病者になることは無いと断言した。否、それどころか剣を研ぎ、戦いに備えよと彼らに命じたのだ。予言者カルカースも立ち上がって、ギリシア人に常々トロイアは包囲十年目に陥落すると予言してきたこと、そして十年目がどう始まり、勝利はほとんどその手にあることを思い起こさせた。つぎにユリシーズが立ち上がり、アキレウスは死に、その部下を率いる王はいないとはいえ、アキレウスには一人の息子があって、スキューロスの島におり、彼をその父の地位に就けようと言った。

「確かに彼は来るであろうし、形見として私が偉大なアキレウスのこの不幸な武具を持って参ろう。これを着けるのは私にはふさわしくなく、またアイアースに対する悲痛を思い起こさせるのだ。だが、これまでの常通り、その息子がこれを着け、ギリシア軍の槍兵の前面にまたトロイアの厚い隊列の中にアキレウスの兜がきらめくだろう。というのもアキレウスは真っ先きって戦うのが常であったから。」このようにユリシーズは語り、ディオメーデースと一緒に五十人の漕ぎ手を引き連れて、速き船に乗り込み、整然と漕ぎ座に座って、灰色の海に波をけたて、ユリシーズは舵をとって、スキューロスの島へと進路を向けた。

さてトロイア軍はしばらく戦を中断し、プリアモスは重い気持で、一番の宝、金の葉と房をつけた黄金の葡萄の木を持って来るよう命じ、鶴や鷺や野性の白鳥の鳴き声がこだまするカイステル川の大きな湿地に住いする民の王エウリュピュロスの母のもとへと運ばせた。というのは、エウリュピュロスの母は、トロイアの古えの王への神々の贈物、黄金の葡萄の木をプリアモスがくれないかぎり、息子を戦にはやらぬと誓っていたからなのだ。

重い気持でプリアモスは黄金の葡萄の木を送ったのだが、エウリュピュロスはそれを見て悦び、部下全員に武装を命じ、戦車に馬をつけさせた。そして道に沿って曲がりくねりながら町に入って来る新たな軍隊の長い隊列を見てトロイア人は喜んだ。それからプリアモスは自分の妹アステュオケーの息子、甥のエウリュピュロスを歓迎した。エウリュピュロスの祖父はこの世に生きし者のうち最強の男、名高いヘーラクレースであった。そこでパリスはエウリュピュロスを我が家へと連れて行った。そこではヘレネーが四人の部屋就き小間使いと一緒に座って刺繍をしていた。エウリュピュロスは彼女を見て驚いた。それほどまでにヘレネーは美しかった。一方エウリュピュロスの民キター族はトロイア人に混じって、燃え上がる大きな炬火の光と管笛の楽でもてなされた。ギリシア軍は火を見、楽しげな楽曲を聞いて、トロイア軍が夜明け前に船に攻撃せぬよう、夜通し見張った。夜明けにエウリュピュロスは眠りから覚め、武具を着けると、大盾を帯で首から吊した。この大盾には様々な色の金と銀とで祖父ヘーラクレースの十二の冒険、怪物や巨人それに死者の館を護るハーデースの猛犬と戦ったその不思議な所業が細工してあった。それからエウリュピュロスは全軍を率い、ヘクトールの兄弟たちとアガメムノーン率いるギリシア軍に突撃した。

戦いでは、エウリュピュロスはまずニーレウスを殺した。このニーレウスはアキレウスが倒れた今ではギリシア軍で一番の美しさであった。横たわるニーレウスは、富裕な人の果樹園で風で吹き倒された赤や白の花でおおわれた林檎の木のようだった。それからエウリュピュロスはニーレウスの武具をはぎ取ろうとしたが、マカーオーンが突進してきた。ヘクトールが船に火をかけようとしたあの勲の日に傷を負ってネストールの小屋へと運ばれたあのマカーオーンだ。マカーオーンはエウリュピュロスの左肩を槍で突いたが、エウリュピュロスは肩を剣で刺し、血が流れた。それでもマカーオーンは立ち止まって大石をつかむと、エウリュピュロスの兜めがけて投げつけた。エウリュピュロスはぐらついたが、倒れはしなかった。そして胸当てを貫いてマカーオーンの胸を槍で突き刺し、マカーオーンは倒れ死んだ。マカーオーンは最後の息で言った。「汝もいずれ倒されよう。」と。エウリュピュロスはそれに答えて「さよう、そうなろうて。人は永遠に生きることはかなわないし、それが戦の宿命だろう。」と言った。

こうして戦いは音を響かせ、燃え上がり、攻守を変じ、ギリシア軍はメネラーオスとアガメムノーンのもとにいる者達を除いては、しっかりと立っている者はほとんどないまでになった。というのも、ディオメーデースとユリシーズはアキレウスの息子をスキューロスから連れてくる途中ではるか海上にあったのだから。とはいえテウクロスは、ヘクトールにトロイアの城中に戻るよう警告したポリュダマースを殺し、またメネラーオスはデーイポボスに傷を負わせた。プリアモスの息子は多くが倒れたので、今なお軍中にある息子のかでは彼が最も勇敢であった。そしてアガメムノーンはトロイアの槍兵を幾人か倒した。エウリュピュロスの周りではパリスとアエネースが戦い、アエネースはテウクロスに大石を投げて兜を打ち割って傷を負わせたが、テウクロスは戦車で船へと駆け戻った。メネラーオスとアガメムノーンはトロイアの大軍の中で一人立って戦い、あたかも槍をもつ狩人の円陣に囲まれた二頭の猪のようで、ひどい窮地に立たされていた。二人とも倒れたが、イードメネウスとクレータのメーリオネース、ネストールの息子トラシュメーデースが救援に駆けつけ、戦いは一層激しくなった。エウリュピュロスの望みはアガメムノーンとメネラーオスを殺して戦を終らせることだったが、しかしフロッデンの野でスコットランド人の槍で囲まれたジェームズ王がイギリスの将軍の槍の届くところにまで逃げ込んだ時のように、クレーテとピュロスの兵は二人の王を槍で護ったのだ。

パリスは槍で太腿に負傷し、それで少し退却して、ギリシア軍に矢を雨のように射かけた。イードメネウスは大石を持ち上げ、エウリュピュロスめがけて投げつけると、石は槍に当たって手からはじきとばしたので、エウリュピュロスは槍を探しにもどり、メネラーオスとアガメムノーンは戦の最中、一息つくことが出来た。しかしすぐにエウリュピュロスは戻って来て、部下を叱咤し、部下たちは踵を接してかけ戻りアガメムノーンの周りを槍で取り囲んだ。そしてアエネースとパリスはクレーテ人とミュケーナイ人を屠り、ギリシア軍は野営地の周りの塹壕にまで押しやられた。ギリシアの防壁の胸壁や塔からトロイア軍やエウリュピュロスの民に重い石や槍や矢が雨のように降り注いだ。こうして夜となり、エウリュピュロスは暗闇の中では防壁を陥とすことはできぬと知り、兵を退き、大きな焚火を焚いて平原に野営した。

ギリシア軍の状況は、今やヘクトールの死後のトロイア軍のようであった。マカーオーンやその他の戦死した大将たちを埋葬し、塹壕と防壁の内にひきこもった。というのは平原に打って出ようという勇気はなかったのだ。彼らはユリシーズとディオメーデースが無事にスキューロスに着いたのか、それともその船が難破したり見知らぬ海に行ってしまったりしたのかわからなかった。そこでギリシア軍はエウリュピュロスに使者を送り、死者を集めて焼き、またトロイア軍もキター族もその死者を埋葬できるよう休戦を乞うたのだった。

一方、ユリシーズの速き船は海を押し渡ってスキューロスに着き、リュコメーデース王の宮殿に到着した。そこで戸口の前の庭でアキレウスの息子ネオプトレモスを見つけたのだ。ネオプトレモスはその父と背丈も同じ程で、姿形はそっくりで、的にめがけて槍投げの練習をしていた。ユリシーズとディオメーデースはすっかり喜んで彼を見つめた。それからユリシーズはネオプトレモスに自分たちが何者でなぜやって来たかを告げ、ギリシア軍に同情して助力してくれるよう懇願した。

「我が友はアルゴスの王ディオメーデース。」とユリシーズは言った。「そして私はイタケーのユリシーズ。我らと共に来たまえ。さすればギリシア軍は数え切れぬ贈物を贈りましょう。そして私はそなたの父の武具を差し上げよう。これは他の死すべき人が身につけるのは相応しからぬもの。黄金造りで神の手で造られしもの。その上、トロイアを陥とし、故郷に戻れば、メネラーオスはたくさんの黄金をつけて、娘御の美しきヘルミオネーをそなたの妻にくださるのじゃ。」

そこでネオプトレモスは答えて言った。「ギリシア軍が我が剣を必要としているということで十分だ。明日我らはトロイアに向け船出しましょう。」彼は二人を宮殿に案内して正餐に招いた。そこで喪服に身を包んだ母親の美しいデーイダメイアに出会った。彼女は二人が息子を連れ去りに来たと聞いて泣いていた。しかしネオプトレモスはトロイアの戦利品とともに無事に戻って来ると約束して母親をなだめ、「たとえ戦死するとしても、父の名に相応しい手柄をたててからです。」と言った。こうして翌日彼らは船出したが、デーイダメイアは、巣を蛇に見つけられ雛を殺された燕のように、悲しみの内に取り残され、嘆き悲しみながら家の中を言ったり来たりした。船は暗い波をけたてて忽に帰路を走り、ユリシーズはネオプトレモスに彼方のイーダ山の雪の頂やトロイアのそばのテネドス島を示した。アキレウスの墳墓の立つ平原を過ぎたが、ユリシーズは息子にそれが父親の墓であることを言わなかった。

さてその間中、ギリシア軍は防壁の中に閉じこもり、搭から戦をしかけながら、背後の海を見渡してユリシーズの船を熱心に見張っていた。それは荒れ小島に難破した人が来る日も来る日も沖合いに帆影を見張って、船乗りがその島に立ち寄り、自分たちを哀れんで故郷まで送り届けてくれのではと望みを託すようなものであった。かくしてギリシア軍はネオプトレモスを乗せた船を見張り続けた。

ディオメーデースも岸辺を監視していたが、ギリシア軍の船が見えたとき、ギリシア軍がトロイア軍に包囲され、全軍が防壁の中に閉じ込められ、搭から戦をしているのがわかった。それで彼はユリシーズとネオプトレモスに、「友よ、急げ。上陸する前に武装しよう。というのはギリシア軍に大きな禍がふりかかっているのだから。トロイア軍が我が防壁に攻めかかり、すぐにも船を焼こうとしている。そうなれば我らには取り返しがつかぬ。」と大声で叫んだ。

そこでユリシーズの船の全員が武装し、父親の豪華な武具をまとったネオプトレモスが一番に岸に飛び降りた。ギリシア軍は防壁から出迎えに来ることができなかった。というのはエウリュピュロスとその部下たちと激しく白兵戦を戦っていたのだから。しかし彼らは肩越しにちらりと返り見て、槍と剣を手にしたアキレウスその人が助太刀に突進して来るのを見たと思った。ギリシア軍は大きな鬨の声をあげ、ネオプトレモスが胸壁につくと、彼とユリシーズとディオメーデースは平地に飛び降りた。ギリシア軍は彼らに続いて直ちに構えた槍でエウリュピュロスの部隊に突撃し、防壁から駆逐した。

そのときトロイア軍はおののいた。というのはディオメーデースとユリシーズの盾と知り、またアキレウスの武具を着けた背の高い大将はアキレウスその人でアンティロコスの仇討ちに死者の国から戻って来たと思ったのだ。トロイア軍は逃げ出してエウリュピュロスのまわりにあつまった。それはまるで、嵐のなかで小さな子が稲光と物音を恐がって、父親の所に駆けて身を寄せ、その膝に顔を隠すかのようだった。

ネオプトレモスは、夜、海上の小舟で火のついた松明を持つ人が炎の輝きに引き寄せられて群れ寄る魚を銛で突くように、トロイア軍を槍で突き殺した。無慈悲にも彼は父の死の仇を多くのトロイア人に晴らし、アキレウスが率いた部下たちがその息子につき従い、左右を屠り、駆けてはトロイア兵の肩の間を槍で突いた。こうして日のある間は戦っては追ったが、夜になると、ネオプトレモスを父親の小屋に案内し、そこで女が彼を風呂で洗った。それから彼はアガメムノーンやメネラーオスや王侯たちと宴をひらいた。みな彼を歓迎して、すばらしい贈物、銀の束の剣、金と銀の杯を贈った。そしてみな上機嫌だった。というのもトロイア軍を防壁から追い払い、明日にもエウリュピュロスを殺し、トロイアの町を陥落させる希望がでてきたからだ。

しかしその希望は実現しなかった。というのは、翌日エウリュピュロスは戦場でネオプトレモスに立ち向かい、殺されたが、ギリシア軍がトロイア軍を追撃してその町へ入ろうとしたとき、稲光と雷鳴と雨の大嵐が襲いかかり、ギリシア軍はまた野営地へと退却したのだ。ギリシア軍は主神ゼウスが彼らを怒り給うたのだと信じた。そして日々は過ぎ、トロイアは今だ征服されぬまま建っていた。

パリスの殺害

ギリシア軍は落胆して、いつもの習いで予言者カルカースに相談した。彼はいつもは、かくかくの事をしなければならないとか、だれそれを使いに出さなければならないとかいったことを見つけだし、そうすることで多くの不運から気を晴らせるのだった。さて、ヘクトールの弟デーイポボスの指揮下にトロイア軍が以前より一層勇敢に戦うようになったとき、ギリシア軍はカルカースに助言を求めた。すると彼はユリシーズとディオメーデースを迎えにやってレームノス島から弓弾きのピロクテーテースを連れて来るよう命じた。この島は不幸なさびれた島で、ここで数年前既婚の女達が嫉妬から一夜のうちに夫全員を殺害したのだ。ギリシア軍は、トロイアへ向かう途上で、レームノス島に上陸し、そこでピロクテーテースは寂しい山の洞窟の中の井戸に住む大きな水竜を矢で射た。しかし洞窟に入った時に竜に噛みつかれ、ついには竜を殺したものの、竜の毒牙で足に負傷したのだ。傷はけっして癒えることなく、毒液がしたたり落ち、ピロクテーテースは激しい痛みで叫び、野営は一晩中眠れなかった。

ギリシア軍は彼を気の毒に思ったが、彼は何をやっても苦痛で叫び、行くところ毒をにじませ、愉快な仲間ではなかった。そこで彼を孤島に置き去りにし、生きてるのか死んだのかも分からなかった。カルカースはこの時にギリシア軍にピロクテーテースを見捨てるなと告げなければならなかった。予言者が今言うところでは、ピロクテーテースがいなければトロイアは陥落しないというほどに彼は重要なのだ。さて今、助言を与えなければならないときに、カルカースはピロクテーテースを連れ戻さなければならないといったので、ユリシーズとディオメーデースは彼を連れ戻しに出かけた。二人はレームノス島に船出しが、そこは海岸沿いの荒れ果てた家々から煙一つたたない陰鬱な場所だった。上陸すると、ピロクテーテースは死んでいないことがわかった。というのは以前とおなじその惨めな苦痛の声がいたたた、あぁ、あぁ、ひぃ、ひぃ、いたたたと浜辺の洞窟から谺していたからだ。この洞窟へと二人の王が行ってみると、長くて汚れた乾いた髪と鬚をはやした恐ろしい恰好の男がいた。やせ細った体に服を着て、うつろな目をして、海鳥の羽毛のかたまりに呻いて横たわっていた。その大弓と矢は手元に置かれていた。この弓矢で海鳥を射て、射た鳥は全て食べ、その羽毛は洞窟の床じゅうに散らかした。傷を負った足から浸み出る毒はいっこうによくはなかった。

この恐ろしげな生き物はユリシーズとディオメーデースが近寄って来るのをみると、弓を取り、弦に毒矢をつがえた。というのも、ギリシア人は荒れ果てた島に自分を取り残したので、憎んでいたのだ。しかし二人の王が平和のしるしに手をあげて、彼に親切にしようとやって来たと叫んだので、弓を置いた。二人は入って来ると、岩に腰かけ、傷は治す、というのもギリシア人は彼を置き去りにしたことをとても恥じているのだからと約束した。ユリシーズが誰かを説得するとき、それに抗うのは難しかった。ついにピロクテーテースは二人と一緒にトロイアへ船出することに同意した。漕ぎ手たちが彼を担架で船に運び、恐ろしい傷を湯で洗い、油をすりこみ、柔らかい亜麻布で覆った。それで痛みは少しおさまった。それからおいしい夕食と十分な葡萄酒を与えた。それは何年も味わったことがないものだった。

翌朝、船出したが、好都合の西風に恵まれ、たちまちギリシア軍のところへ上陸し、ピロクテーテースを岸に運びおろした。そこにはマカーオーンの兄弟で医師のポダレイリオスが、傷を治すためにあらゆる手を尽くした。それでピロクテーテースの痛みは消えた。ピロクテーテースはアガメムノーンの小屋に連れて行かれた。アガメムノーンは彼を歓迎し、ギリシア軍は自分たちの無慈悲な行いを悔いていると言った。彼には身の回りの世話をする七人の女奴隷と十二頭の駿馬、十二の青銅の大瓶が贈られ、いつも大将たちと生活し、同じテーブルで食事するように言われた。それから彼は湯浴みし、髪を切って、梳り、油をすりこんだ。するとすぐに気力が満ち、いつでも戦い、トロイア軍に大弓と毒矢を使えるようになった。毒をつけた鏃を使うというのは不公正な考えだが、ピロクテーテースにはなんのためらいもなかった。

さて、次の日の戦いでパリスは矢でギリシア兵を射殺していた。そのときピロクテーテースはパリスを見て叫んだ。「犬め。お前は偉大なアキレウスを殺して自分の弓の技と矢が自慢であろう。だが見るがよい。私のほうがお前よりはるかに優れた弓弾きだ。それに我が手の弓は強き男ヘーラクレースのつくりしものよ。」そこで彼は叫び、胸まで弦をひき、毒矢をつがえた。弦が鳴り響き矢は飛んだが、パリスの腕をかすめただけだった。すると毒の激しい痛みがパリスを襲い、トロイア兵はパリスを町に運び込んだ。そこで医師が一晩中世話をした。しかしパリスはまったく眠れず、明け方まで苦痛でのたうった。明け方彼は言った。「唯一つ望みがある。イーデー山のニンフ、オイノーネーのもとへ連れて行ってくれ。」

そこで友人たちはパリスを担架で担ぎ、イーデー山の険しい道を運んで行った。若い頃パリスは素早くこの道を登り、彼を愛したニンフに会いに行ったものだ。だが長い間踏みしめたことがなかったこの道を、今激しい痛みと恐怖にさいなまれながら運ばれていったのだ。なぜなら毒がその血を煮えたぎらせていたのだから。パリスほとんど望みをもっていなかった。というのも、どんなに無慈悲にオイノーネーを見捨てたか分かっていたから。それに森で平穏を乱された鳥たちがみな左のほうへと飛び去るのを見たが、これは悪い前兆だった。

ついに、担ぎ手たちはニンフのオイノーネーが住む洞窟に着いた。そして洞窟の床で焚く杉の焚火の甘い匂をかぎ、ニンフが陰鬱な歌を歌っているのを聞いた。そこでパリスはかって彼女が聞くのが好きだった声でオイノーネーに呼びかけた。すると彼女は蒼白になり、立ち上がって、「私が祈った日が来た。パリスが傷を受けて痛み、私に傷を癒してもらいに来た。」と一人ごちした。そこで彼女は洞窟の入口にやって来てたたずみ、暗闇に白くうかびあがった。担ぎ手たちはオイノーネーの足元に、担架にのせたパリスを横たえた。パリスは嘆願するように手をのばし、彼女の脛に手を触れようとした。しかし彼女は脚を引っ込め、体のまわりにローブをかきあわせ、手が触れぬようにしたのだ。

そこでパリスは言った。「私を蔑すみたもうな。憎みたもうな。我が痛みはこれまでになくひどいのだから。そなたをひとりここに置き去りにしたのは、まことは我が意志ではない。というのも誰も逃れようのない運命の女神が私をヘレネーのもとに導いたのだから。ヘレネーの顔を見る前に、そなたの腕の中で死ねばよかった。だが今私は神の名にかけて懇願する。私たちの愛の思い出のために、私を哀れみ、我が傷を癒したまえ。そなたの慈悲を与えずに私をそなたの足元で死なせたもうな。」

そこでオイノーネーはさげすんで答えた。「そなたはなぜ我がもとへ来られたのか。確かにそなたはもう何年もこの道を来なかった。かつてはそなたの足で細道を掘りうがったものを。そなたが美しき手のヘレネーへの愛ゆえに、私を一人寂しく嘆き悲しむがままに置き去りにしたのは、はるか昔。確かにヘレネーはそなたの若かりし頃の恋人よりはるかに美しいし、役にもたったろう。なぜなら彼女は老いも死も知らぬというではないか。ヘレネーのもとに戻り、彼女にそなたの痛みを除いてもらいなされ。」

このようにオイノーネーは言い、洞窟にひきこもった。洞窟で彼女はヒースの灰に身を投げ出し、怒りと悲しみでむせび泣いた。しばらくして、彼女はまだパリスはトロイアへ連れ帰られてはいないと思って、立ち上がり洞窟の入口へ行った。しかしパリスはいなかった。というのは、担ぎ手たちは別の道を通って運び、樫の林の枝のしたでパリスが死んだのだ。それから担ぎ手は急いでパリスをトロイアへと運んだ。そこでは母親が悲嘆にくれ、ヘレネーは、多くのことを思い出し、自分の最期がどうなるかという思いに恐怖しながら、ヘクトールに歌ったと同じように、パリスに哀歌を歌った。一方、トロイア人は急いで乾いた薪の大きな山をつくり、その上にパリスの遺体を横たえて、火をつけた。炎は暗闇に燃え上がった。というのはもう夜となっていたのだ。

一方、オイノーネーは叫びパリスに呼びかけながら、暗い森を彷徨った。さながら子供を狩人に連れ去られた雌獅子のごとくに。月が昇り、彼女に光を投げた。そして葬儀の火の炎が空に照り映え、オイノーネーはパリス--美しいパリス--が死に、トロイア人がイーデー山の麓の平原でその遺体を焼いていることを知った。そのとき彼女は今やパリスは全て我がものとなった、ヘレネーはもはやパリスを抱きしめないと叫んだ。「そしてパリスは生きているときには私を置き去りにしたとはいえ、死においては我らは引き裂かれはせぬだろう。」そう言うと、山を駆け下り、森のニンフたちがパリスを嘆き悲しんでいる茂みを抜けて、平原に着いた。そして顔を花嫁のようにヴェールで覆って、トロイア人の群衆の中を駆け抜けた。オイノーネーは燃える薪の山に跳び上り、パリスの遺体をその腕で抱きしめた。炎が花婿と花嫁を燃やし尽くし、二人の遺灰は混ざりあった。もはや誰も二人を別けることができず、遺灰は黄金の杯にいれて、石室に納め、その上に土を盛った。墓のうえに森のニンフたちが二本の薔薇の木を植えると、その枝は互いにもつれあった。

これがパリスとオイノーネーの最期であった。

どうやってユリシーズは木馬の装置を発明したか

パリスが死んだあと、ヘレネーはメネラーオスに戻されはしなかった。パリスの怒りを恐れるばかりに、ヘレネーを返還して和平を結ぶことができなかった聞かされて来た。今やパリスが恐がらせることもなくなったにもかかわらず、ヘレネーがあまりに美しいためか、それとも彼女を残酷な死刑に処すかも知れないギリシア軍に引き渡すのが不面目と思ったためか、町の人々はヘレネーを手放そうとはしなかった。そこでヘレネーはパリスの兄デーイポボスが引き取り、自分の家に住まわせた。デーイポボスはこの頃トロイアのもっとも優れた戦士で総大将であった。

一方、ギリシア軍はトロイアの城壁に攻撃をしかけ、長く大胆に戦った。しかし胸壁の後ろは安全で、小穴から射て、トロイア軍は何人もの損害を与えて撃退した。ピロクテーテースが毒矢を射かけたが、毒矢は石壁にはじかれ、あるいは城壁の上の木の矢来にあたり、徒労におわった。城壁を登ろうとしたギリシア兵は重い石で追い散らされ、あるいは潰された。夜になると、ギリシア軍は船のところに退却し、会議を開いた。そしていつものように予言者カルカースに助言を求めた。鳥を眺めて、何をするか見たことから前兆をとらえるのがカルカースの仕事だった。これはローマ人も使った予言のやり方で、今日でも未開人のなかには同じ方法を使っているものもいる。カルカースは昨日鳩を追う鷹を見たと言った。鳩は岩だらけの崖の穴に隠れた。長い間かかって鷹は穴を見つけ、鳩を追いかけようとしたが、鳩にはとどかなかった。それで鷹は少し離れたところに飛び去り、隠れた。それから鳩が日の光の中で羽ばたいた。すると鷹が襲いかかり、鳩を殺したのだ。

ギリシア軍は鷹の教訓を学び、狡猾な手でトロイアを陥さなければならない、力づくでは何もなしえなかったのだからと、カルカースは言った。そこでユリシーズが立ち上がり、理解しにくい計略を述べた。彼が言うには、ギリシア軍は大きな中が虚ろな木の馬を造り、その馬の中に勇敢な兵を容れなければならない。それから残りのギリシア軍は全員船に乗り、テネドス島へ船出し、島影に隠れなければならない。岩の穴から出て来た鳩のように、トロイア軍は町から出て来て、ギリシア軍の野営地のあたりをうろつき、大きな木馬が造られたのはなぜか、それが残されたのはなぜかと訝しむだろう。木馬に火をつけられると、そこに隠れている戦士たちがすぐに見付かってしまうので、そうならないよう、トロイア軍に 顔を知られていない狡猾なギリシア兵を一人野営地かその付近に残しておかなくてはならない。その男がトロイア軍に、ギリシア軍は希望を失い故国へ戻ったと告げ、ギリシア軍は空から降って来た女神パラスの像、トロイアの幸運の宝とよばれたものを盗んだので、女神パラスの怒りに触れるのを恐れていると言うのだ。パラスをなだめ、船に大嵐を見舞われないように、トロイア人は(男はこう言わなくてならない)女神への捧げ物にこの木馬をつくったのだ。トロイア軍はこの話を信じ、木馬を町へと引き入れるだろう。そして夜、王侯たちは木馬を出て、町に火を放ち、闇が訪れるとすぐにテネドス島から戻った軍隊を入れるため城門を開くのだ。

予言者はユリシーズの計画がとても気に入り、二羽の鳥が右の方へ飛び去ったので、この軍略は明らかに吉であると宣した。一方ネオプトレモスは、計略によらず、全くの力押しでトロイアを陥すことを提案した。ユリシーズは、アキレウスにできなかったことは、誰にもできない、それに名高い大工のエペイオスはすぐにも木馬造りにとりかかった方がよいと返答した。

次の日、軍の半数が斧を手に、イーデー山の木を切りに派遣された。そしてその木からエペイオスと職人たちが何千枚もの厚板を切りだし、三日で木馬を完成した。そこでユリシーズはギリシア軍の優秀な者たちに志願して仕掛けに乗り込むよう求めた。また一方、顔を知られていないギリシア兵が野営地に残りトロイア軍を欺くことを買ってでなければならなかった。するとシノーンという若者が立ち上がり、我が身を賭して、トロイア人が彼を信じず、生きながら焼き殺すかもしれない危険を冒そうと言った。シノーンはこれまで勇者とは思われていなかったが、確かにギリシア軍の誰もこれ以上に勇気ある行いをした者はなかった。

シノーンは前面の隊で戦ってきたので、トロイア軍は彼を知っていたはずだ。しかし多くの勇敢な戦士にシノーンが引き受けたことを敢えてしようとする者はいなかった。

それから老ネストールが最初に木馬に乗り込もうと名乗り出た。しかしネオプトレモスが、ネストールは勇敢だが、あまりに老いており、軍とともにテネドスへ出発すべきだと言った。ネオプトレモス自身は木馬に乗り込むつもりだった。というのは、トロイアに背を向けるくらいなら死んだ方がましだったのだ。それでネオプトレモスは武装して木馬に乗り込んだ。メネラーオス、ユリシーズ、ディオメーデース、トラシュメーデース(ネストールの息子)、イードメネウス、ピロクテーテース、メーリオーン、そしてアガメムノーン以外の優れた戦士たち全員が乗り込み、一番最後にエペイオス自身が入った。アガメムノーンはテネドスから戻る軍を指揮しなければならないので、他のギリシア兵が冒険を共にするのを許さなかった。その一方で他の全員は船を進水し船出して行った。

さて、まずメネラーオスはユリシーズを傍らに寄せ、もしトロイアを手に入れたなら(今やトロイアを手に入れるかトロイア人の手にかかって死ぬかどちらかしかないないのだが)その誉れはユリシーズのおかげだと言った。ギリシアに戻ったら、自分の町の一つをユリシーズに与えよう。そうすればお互いいつも近くに居れるだろう。ユリシーズは微笑んで頭を振った。彼は自分の起伏の激しい島の王国イタケーを離れることができなかった。「やがてくる夜を我ら二人とも生き延びれば」とユリシーズは言った。「贈物を一つねだりましょう。それをくだされたからといって、貴殿が貧しくなることはないでしょう。」そこでメネラーオスはゼウスの光輝にかけて、ユリシーズはメネラーオスが喜んで与えるものしか贈物を求めなくてよいと誓った。それで二人は抱擁し、どちらも武装して木馬に乗り込んだ。彼らとともに、行くのを許されなかったネストールと総大将として軍を率いるアガメムノーンを除く大将全員が乗り込んだのだ。彼らはトロイア軍が、もしそれほど愚かで、木馬を町に引き入れたとき、物音を立てぬように自身と武器とを柔らかい絹でくるだ。そうして暗闇の中に座って待った。一方軍隊は小屋を焼き払い、船を進水し、櫂と帆でテネドス島の背後へと進んだのだ。

トロイアの最後とヘレネーの救出

トロイア人は城壁から、空高く黒い煙が濃く立ち登り、ギリシア軍の全ての船が海へと船出するのを見た。誰も決して喜んでおらず、待ち伏を恐れて武装し、自分たちの前に斥候を送りながら、用心深く海岸へと下った。そこで彼らが見たのは焼け落ちた小屋と放棄された野営地だった。何人かの斥候が、見つけて欲しい場所に隠れていたシノーンを捉えてきた。彼らは猛々しく叫びながらシノーンのところへ殺到し、手を綱で縛りあげ、けり倒し、プリアモスと王子たちが巨大な木馬を訝しんでいる所へとひきずってきた。シノーンは彼らを見回したが、ある者は木馬についてあらいざらい真実を吐かせるためにシノーンを火責めの拷問にかけなくてはと言っていた。木馬の中の大将たちは、拷問でシノーンから真実を聞き出すのではないかという恐怖で身ぶるいしたにちがない。それというのも、そうなったらトロイア軍は仕掛けとその中にいる自分たちを、ただ焼けばよいのだから。

しかしシノーンはこう言った。「俺は哀れな男よの。ギリシア軍には憎まれ、トロイア軍は殺したがる。」トロイア軍は、ギリシア軍が憎んでいるというのを聞きつけ、好奇心を抱き、彼が誰で、どうやってここにいるのか尋ねた。「ああ王様、全てをお話しいたしましょう。」とシノーンはプリアモスに答えた。「私は不運な大将パラメーデースの友にして従者でした。邪まなユリシーズはパラメーデースを憎んでいて、ある日彼が一人で海で釣をしているのを見つけると、こっそり殺したのです。私は怒り、愚かなことに、怒りを隠そうとはせず、我が言葉はユリシーズの耳に入ったのです。そのときから、彼は私を殺す機会を探したのです。そうしてカルカースは....」ここで言葉を切り、また語り始めた。「だがなんで長々と物語るのか。あなたがたが同様にギリシア人をみな憎んでいるのなら、私を殺すがいい。それがアガメムノーンとユリシーズが望んでいること。メネラーオスは我が首に感謝しましょうぞ。」

トロイア軍は今や以前にもまして好奇心をかきたてられた。彼に続けるよう命じ、そしてシノーンはギリシア軍が神官に意見を求めると、神々の怒りを宥め、故国へむけて順風を得るには軍隊の中の一人を生贄に捧げるとよいと助言したと言った。「だが誰を生贄にするのか。カルカースに尋ねると、十五日の間語るのを拒んだのです。ついに彼はユリシーズに買収されて、私シノーンを指さし、私が犠牲とならなくてはならないと言ったのです。私は縛られ牢に入れられました。一方、みんなはパラス・アテーナー女神への贈物として大きな木馬を造りはじめました。あなたがたトロイア人が町に引き入れることが決してできないように、かくも大きく造ったのです。その上、あなたがたが木馬を壊せば、女神はあなたがたに怒りを向けるでしょう。さてあなたがたの町を陥したら、ギリシア軍は天から落ちてきた像をもって故郷へ戻り、この像をギリシアへと運び、パラス・アテーネー女神の神殿に戻したことでしょう。なぜならユリシーズの盗みゆえに女神はギリシア軍にお怒りですから。」

トロイア軍は愚かにもシノーンの話を信じこみ、彼を不憫に思い、手の縛めをほどいた。それから木馬に綱を結び、船を進水するように、その前にコロを敷き、みんなで交替で木馬をスカイアイ門の方へとひっぱった。子供も女も綱をつかんでひっぱり、叫び、踊り、讃歌を歌いながら、せっせと働き、夕暮れ頃には木馬は最奥の城の中庭に立っていた。
そうしてトロイア中の人々は踊り、飲み、歌いはじめた。こうして門に配置した番兵も他の人たちと同じように飲み、人々は夜更けまで町中を踊り、それから家へ戻ってぐっすり眠った。

その間、ギリシアの船団は漕ぎ手ができるだけ速く漕ぎ、テネドス島の陰から戻ってきた。

飲みも眠りもしないトロイア人が一人いた。デーイポボスだった。今ではヘレネーは彼の家に住んでいた。デーイポボスはヘレネーに自分たちと一緒にくるように命じた。というのは彼女が一度会った人は男女を問わず誰であれそっくりの声で話すことができるのを知っていたからだ。そして数人の友人に武装させ、一緒に城へと向かった。それから彼は馬の傍らに立ち、ヘレネーの手をつかんで、大将ひとりびとりにその妻の声でよびかけよとささやいた。ヘレネーは従わざるを得ず、自分の声でメネラーオスに、その妻の声でディオメーデースに、ペーネロペーそっくりの声でユリシーズに呼びかけた。それでメネラーオスとディオメーデースは返答したくてたまらなかったが、ユリシーズがその手をつかんで、「エコー」という言葉をささやいた。それでみんな、それがヘレネーがあらゆる声で話すことができるのでついた彼女についた名前であることを思いだし、静かにした。しかしアンティクロスはまだも返答したがり、ユリシーズは強い手でその口を押えた。あたりは静まりかえったままで、デーイポボスはヘレネーを家に連れ帰った。この連中が去ると、エペイオスが木馬の側面を開き、大将全員が静かに地面に下りた。何人かは門に走ってこれを開き、眠りこけた番兵を殺して、ギリシア軍を導きいれた。その他の者はトロイアの王侯の家を焼くため松明を手に散開した。武装を解き半ば寝ぼけた男たちの大虐殺はすさまじく、女たちは大きな叫び声をあげた。一方ユリシーズは最初にこっそり抜け出して、誰もどこにいるのか知らなかった。ネオプトレモスはプリアモスの宮殿に走った。プリアモスは中庭の祭壇にぬかずき、むなしく神に祈りを捧げた。というのも、ネオプトレモスは無惨にも老人を屠り、その白髪には自が血がはねかかった。町中で戦闘と殺戮が行われた。一方メネラーオスはデーイポボスの家へと向かった。そこにヘレネーがいると知っていたのだ。

戸口でデーイポボスが武具を着けて死んで横たわっていた。胸には槍が突き立てられていた。血染めの足跡がポーティコを通って広間へと続いていた。メネラーオスが入ってみると、ユリシーズが傷つき大きな部屋の中央の柱にもたれていた。火の光がその武具にきらめいた。

「なぜそなたはデーイポボスを殺し、我が仇を奪い取るのだ。」とメネラーオスは言った。「貴殿は私に贈物をやると誓われた。」とユリシーズは言った。「貴殿はその誓いを守られましょうな。」「望みを言うがよい。」とメネラーオスが言った。「それはそなたの物。我が誓いを破ることはない。」「美しき手のヘレネーの命を所望する。」とユリシーズは言った。「これが我が命を救った彼女への恩返しだ。というのは私がトロイアの幸運の宝を奪ったとき、彼女が我が命を救い、私は彼女の命を救おうと誓ったのだ。」

そのときヘレネーが、白いローブをほんのり光らせて、奥から暗い広間へとそっと現れ、メネラーオスの足元に身を投げ出し、金髪を炉辺の埃に置き、彼の膝に振れようと手を延ばした。メネラーオスは抜き身の剣を手から落し、憐憫と愛情が心にわき上がった。そしてヘレネーを埃から立ち上がらせると、彼女は白い腕で彼の首を抱き、二人は泣いた。その夜、メネラーオスはもうそれ以上戦わず、ユリシーズの傷の手当をした。なぜならデーイポボスの剣が兜を貫いて切りつけたからだ。

夜が明けたとき、トロイアは灰塵に帰しており、女たちは槍の柄で船へと追いたてられ、男たちは犬やありとあらゆる鳥どもの餌食となるよう、葬られずに捨て置かれた。こうして何世紀もの間その地を治めた灰色の町は陥落した。金や銀や豪奢な刺繍、象牙と琥珀、馬と戦車はすべて軍隊に分けられた。銀や金の財宝以外のすべては壁の洞の中の箱に隠され、この宝ははるかな年月を経たのちに、かつてトロイアの建っていた丘を深く掘り起こした男に発見された。女たちも王侯たちに分けられて、ネオプトレモスはアンドロマケーをアルゴスの故郷へ連れて行き、井戸から水汲みをさせ、主人の奴隷にした。アガメムノーンはプリアモスの娘、美しきカッサンドラーをミュケーナイの宮殿に連れていったが、そこで二人とも一夜のうちに殺された。ヘレネーただ一人が名誉を保ってメネラーオスの船に迎えられたのだ。

トロイアから故郷へ向かう途中でユリシーズの身に起こったことの物語は、別の本『ギリシア海物語』で語ろう。

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