2/26/2013

中国が科学分野でノーベル賞を取れないワケ

中国が科学分野でノーベル賞を取れないワケ
「漢文の文章表記に苦労しているのです。たとえば、英国のサッカーチーム、チェルシーFCの中国語は『切爾西足球倶樂部』、薬品のペニシリンは『盤尼西林』といった具合だが、これが物理や化学では極めて煩わしい」
確かに、簡便に英語などの他国語が表記できるひらがな、カタカナをもたない中華系文化はそうであるかもしれない。しかし、では、ハングルという表音文字を持つ韓国はどうなのであろうか?なぜ、中国に限らず韓国もノーベル賞受賞者が輩出しないのか?
私は、科学技術を侮蔑する、科学技術を工人の技として下に見る儒教文化が影響しているのではないか?と思えるのだが?

明治期の日本に、井上円了というユニークな哲学者がいた。古今東西の思想に通じ、「釈迦、孔子、ソクラテス、カント」を「四聖」と尊崇していた。
釈迦は、井上のバックボーン・仏教の始祖であり、ソクラテスからカント、ヘーゲルへと西洋哲学をあわせ研究することで、彼の仏教思想に深みが加わる。
「日本を、取り戻す」。自民党政権のスローガンが論議を呼んでいる。ある会合で、論者が「昨夜は、柳田国男(民俗学)を読んで寝ました。安倍晋三さんのいう日本を知るためです」と語りはじめて、驚いた。
すぐ話は別のテーマに移ってしまったが、この「日本」を考えるとき、確かに、近々の経済活力や教育制度の課題だけでなく、歴史をたどる射程の長い思考も必要だろう、と思う。
たとえば東日本大震災後、日本人のみせた冷静さについて「縄文、弥生時代からのDNA」とする識者がいた。このDNAのようなものこそ、現状を打破する力になるに違いない。そこで、井上の名が浮かぶ。
漢字や仏教は大陸から、近代技術は西洋から輸入した日本は、井上の「四聖」のどの本流にもいない。武器となるのは、漢字からカタカナやひらがなを作り、「漢字かな交じり文」で新知識を吸収してしまう消化能力であり、そこに日本文化の秘密がある。
「中国が科学分野でノーベル賞を取れない大きな理由、わかりますか」という専門家がいた。「漢文の文章表記に苦労しているのです。たとえば、英国のサッカーチーム、チェルシーFCの中国語は『切爾西足球倶樂部』、薬品のペニシリンは『盤尼西林』といった具合だが、これが物理や化学では極めて煩わしい」と。
一字一字が意味を持つ漢字表記が余計な連想を伴い、研究の邪魔をする。「外来語や科学分野の表記では、意味の透明なカタカナが威力を発揮する。優位性が際立つのです」と説明した。
日本語の構造が知的な吸収力を生む源である。漢字には、短い熟語で抽象的な概念を把握する力で大いに恩恵を受けた。だが、その言語の可能性を格段に高め、独自の文化を生み出してきた日本人の歴史を、特に、若い人たちには知ってほしい。
そこから現在の教育を考えるべきだろう。もちろん、日本の思想界で一方の雄となった「孔子」様への敬意も忘れずに…。

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