低福祉社会を選択した日本
あとになって考えてみると、あれが歴史の分岐点だったと思えることがある。2012年末に行われた総選挙はまさにそのような選挙であった。何の分岐点かと言えば、それは福祉の水準についてである。日本国民は「低福祉中負担」社会を選択したのだ。
今回の選挙の争点は原発、消費税、TPPとされ、各党もそのことを強調していた。そして、大マスコミもあたかもそれが争点であるかのごとく報道していた。しかし、それにもかかわらず選挙が終わってみると、真の争点は福祉のあり方であった。
本来、今回の選挙は民主党の進めてきた子ども手当、高校の授業料無償化や最低年金制度の導入などに対する審判であるべきであった。消費税率の引き上げも福祉政策との関連において議論すべきである。
冷静に国の支出の中身を見れば、財政が破綻寸前にまで追い込まれた最大の原因が福祉にあることは明らかであり、そのあり方を消費税率との関係において議論しなければならない時なのだ。しかし、政治家や大マスコミはそれを無視して、今回の選挙の争点を原発やTPPであると言い続けた。
維持できなくなってきた「中福祉」社会
なぜ、福祉を争点にしなかったのであろうか。それは福祉とその財源について議論し始めると、高齢者が聞きたくないような話になってしまうためである。
政治家の有力な支援者はほとんどが高齢者であり、また大マスコミのお得意様も高齢者である。若年層はネットから情報を得ており、テレビを見ないし新聞も取っていない。また、特定の政治家との付き合いもない。
日本の福祉は西ヨーロッパ諸国の制度をお手本にして、昭和の時代に設計されたものだ。当時、西ヨーロッパ諸国は既に老人が多い社会になっていたから、福祉社会をつくるためには消費税率を20%前後にしなければならなかった。一方、当時、日本には老人が少なかったから、容易に高福祉社会をつくることができはずなのだが、「高福祉」社会を築くことなく「中福祉」社会を選んだ。
それは日本では老人は家族が面倒を見るべきだとの考えが、西欧よりも強かったためであろう。言い換えれば、「福祉」という考えは西欧からの輸入品であり、進歩的な文化人がその重要性を主張しても、本音の部分で違和感があったためだろう。
それから約40年の月日が流れ、日本では急速に少子高齢化が進んだ。その結果、昭和に設計された制度が維持できないことが誰の目にも明らかになった。現在、制度がなんとか維持できているのは、大量に国債を発行して赤字を補填しているからである。そのような制度を長く維持することはできない。
多くの国民は、そのことに気づき不安に思っていた。
「福祉のために増税もやむなし」で墓穴を掘った民主党
その不安に付け込んだのが民主党だった。2009年の総選挙において、財政が破綻寸前に追い込まれているのは予算の無駄づかいが原因であり、無駄を省けば現行の税率でも今以上の高福祉社会を実現することが可能であると宣伝した。それは悪質なデマと言ってもよいプロパガンダであったが、見事に功を奏し民主党は政権を奪取した。
だが、実際に政権を担当してみると、増税することなく高福祉社会を築くことは絵に描いた餅であった。現行の制度でも福祉のために毎年100兆円以上のお金が必要なのだ。それに対して、無駄が多いとして民主党がやり玉に挙げた公共事業費でも、使っているお金は7兆兆円程度にすぎない。
だから、消費税の増税に踏み切ったのだが、それは民主党が惨敗を喫する最大の原因になった。民主党の考え方の根本には、福祉を維持するためには増税もやむなしとの考えがある。
日本では高齢者の数が多いと言っても、2013年において65歳以上の人口は3140万人にすぎない。一方、現役世代である20歳から59歳までの人口は6320万人であり、そしてロストジェネレーションと呼ばれる20歳から44歳までの世代は既に4000万人にもなっている。
ロストジェネレーションは高齢者に比べて大人しく、自己主張が少ないと言われてきたが、ついに声を上げ始めたようだ。ロストジェネレーションは年金などの世代間格差に大きな不満を持っている。福祉を維持するために、これ以上の負担を強いられるのは“まっぴら”だと思っている。
社会のキーワードは「自己責任」に
民主党の政策とその失敗から、日本の未来が見えてくる。
国民の多くが民主党の推し進めた福祉政策に強い嫌悪感を示した。最低年金制度、子ども手当、高校授業料無償化をバラマキと感じたのだ。そして、増税してまでバラマキを実行する必要はないと思った。
日本人は財源に余裕があった昭和の時代でも「中福祉」社会しかつくらなかった。そして、財源がなくなれば、「中福祉」社会にも疑問を呈するようになっている。今になって考えれば、2012年に起きた不正受給問題に端を発した生活保護へのバッシングは、「中福祉」社会に対して「No」を突きつけたとものと言えよう。
多くの国民は福祉のためにこれ以上増税されることを嫌っている。それは特に団塊ジュニア以下の世代に強いようだ。バブル崩壊以来、その上の世代にさんざん痛めつけられてきた彼らは「福祉」などと言った甘い言葉を信じない。否応なく「自己責任」を負わされてきた世代なのだ。
今後、ますます増える団塊ジュニア以下の世代に向かって、どの政党も福祉を維持するために消費税を15%、まして20%にさせてくださいなどと言うことはできない。そんなことを言えば、今回の民主党以上の大敗につながる。国民はせいぜい10%の消費税によって維持することが可能な福祉を求めている。
選挙結果の分析には、世代別の投票行動が明らかになるなど今少し時間が必要と思うが、これまでの結果を見る限り、ものを言わないと思われていた団塊ジュニア以下の世代が、予想以上にものを言うようになったように思える。
現在、安倍ノミクスが注目を集めているが、国に1000兆円もの借金がある以上、財政によって景気を本格回復させることはできない。それほど遠くない将来に財政均衡を図らなければならなくなる。その時に、日本は増税よりも福祉の切り下げに力点を置いた政策を遂行することによって、プライマリーバランスの改善に乗り出す可能性が高い。その意思を示したのが、今回の総選選挙だった。
一部の識者は景気を回復させるために、高齢者にお金を使わせる必要があると力説するが、高齢者もここに述べた事情を肌で感じ始めている。だから、貯めこんだお金を使わないのだ。
今後、団塊ジュニア以下の世代が国民の大多数を占めるようになると、「自己責任」がキーワードになる社会が出現することになろう。
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